Tell My World 【ヒロアカ 爆豪勝己】
第2章 初恋は、0と1の境界線上で
「……良かったです。本当に、良かったです。……この新曲の準備、本当に忙しくて。……ずっと、入江に行けなかったから」
彼女は手すりを握る指先に、少しだけ力を込めた。
「……寂しかったです。一人で練習して、一人でシステムと向き合って……。あのアクア・クリスタリアの入り江に、あなたがいるかもしれないって思うだけで、胸が苦しくなるくらい」
「…………」
突然の告白に、BLASTは言葉を失った。
あの静かな時間は、自分だけが求めていた「癒やし」ではなかった。
彼女にとっても過酷なステージに立つための、唯一の「帰る場所」だったのだ。
「……あー、なんだ。……俺も、その……」
「……BLAST?」
「……テメェのいねぇ入り江は、広すぎて落ち着かねぇんだよ。……クソ、ガラじゃねぇわ」
乱暴に頭を掻き回すBLASTに、彼女は驚いたように目を見開いた後微笑んだ。
「……同じ、だったんですね」
「……うっせぇ。……明日からは、またいつも通りなんだろ?」
「はい。……また、あの静かな水面を一緒に見たいです。……何者でもない、ただの私として」
「……あぁ。……約束だ」
雲の上の神々の住む城の片隅で、二人は静かに誓い合った。
現実がどれほど騒がしくても、ここに来れば、またあの穏やかな沈黙を分かち合える。
祭典の光が二人を照らし、仮面の下の瞳が、かつてないほど近くで見つめ合っていたーー。
「……じゃあ、私はもう行きますね。少し、疲れちゃったみたい」
彼女はバルコニーに差し込む月明かりを浴びて、名残惜しそうに微笑んだ。
世界中の期待を背負った神々しいライブ。
その重圧から解き放たれ、今はただ、一人の少女としてひどく体力を消耗しているのが見て取れた。
「あぁ。……さっさと戻って寝ろ。ヘマして現実(ソト)でぶっ倒れんじゃねぇぞ」
「ふふ、気をつけます。……また、いつもの場所で」
彼女の姿が青白い光の粒子に溶け、夜風にさらわれて消えていく。
いつ、何時に会うか。
そんな具体的な約束は交わさなかった。
けれど、爆豪の胸には明日になればまたあの入り江で、当たり前のように彼女が隣に座っているという確信があった。