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Tell My World 【ヒロアカ 爆豪勝己】

第2章 初恋は、0と1の境界線上で


約束を交わしたわけではない。
「次もここで」と言い合ったわけでもない。
けれど、あの静かな入り江に足を運べば、そこには必ずあの地味なアバターに身を包んだ彼女がいた。
あるいは、先に着いていた爆豪が岩陰に腰掛け、後から来る彼女を待つのが、いつしかこの世界の「日常」になっていた。


「……来たか」

「……はい。お疲れ様です」


交わす言葉はそれだけだ。
あとは並んで座り、ただ宝石のような水面がゆらめくのを眺める。
現実の爆豪(BLAST)は、常にプロヒーローとして、 世間の目に晒されている。
一歩外に出れば期待と羨望、あるいは畏怖の混じった視線が突き刺さる。


隣に座る彼女も同じだ。
数万人の熱狂を一身に浴び、歌姫として完璧であることを求められる。
そんな二人にとって、何者でもない一人の人として存在できるこの沈黙は深く魂を癒した。


「…………」


爆豪は時折、隣で膝を抱える彼女の横顔を盗み見る。
ライブでのあの刺すような緊張感はない。
ただの少し寂しがり屋で、静かな場所を好む等身大の少女。
彼女が時折水面に映る光を追いかけて指先を動かす、そのささやかな動作の一つ一つに、爆豪の荒ぶった心が凪いでいく。


一方の彼女もまたBLASTが隣にいることで、初めて深い呼吸ができるのを感じていた。
彼は何も踏み込んでこない。
けれど、その力強い存在感が隣にあるだけで、この不自由で孤独な仮想世界が、温かな繭の中にいるように感じられた。
やがて、どちらからともなく席を立つ時間が来る。
現実という名の「戦場」へ戻るための別れの時だ。


「……じゃあな」

「……はい。また」


短い挨拶。
けれど、もしそこに相手がいなかったら、この蒼い景色はどれほど味気ないものに映るだろうか。
お互いに、それを口に出すことはなかった。



けれど、相手がいない入り江に寂しさを覚え、隣にいる体温を「当たり前」だと感じ始めた時、二人の境界線は静かに、確実に溶け合い始めていた。




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