Tell My World 【ヒロアカ 爆豪勝己】
第1章 ようこそ『ZERO WORLD』へ
「――爆豪、今日もダイブすんの?」
「……っせぇな。勝手だろ」
パトロールを終えた事務所の更衣室で、スマホからの上鳴の問いかけを適当にいなしながら俺は手早く着替えを済ませる。
以前の俺なら、仕事が終われば真っ先にトレーニングルームへ向かっていた。
だが最近は、一刻も早く家に帰りデバイスを手に取る自分に驚く。
現実(リアル)は、相変わらず息苦しいところがある。
街を歩けばスマホのレンズを向けられ、一言吠えれば「素行不良」とネットに書き込まれる。
デクのスーツのための資金繰り、ジーニストからの説教、順位の変動――。
常に『大・爆・殺・神ダイナマイト』という看板を背負わされ、四方八方から鎖で繋がれている気分だ。
だが、あの世界は違う。
デバイスの冷たい感触が肌に触れ意識が加速する。
次に目を開けたとき、俺は『BLAST』になる。
周囲を歩くアバターたちは、俺を「最強のヒーロー」として恐れることも、期待することもない。
常夜の街「エターナル・ナイト」の、喧騒から少し離れたテラス席。
現実の通貨で買った、琥珀色の仮想の酒を口にする。
腹は膨れないが喉を焼くような感覚と、鼻に抜ける香りは驚くほど本物に近い。
「よお、BLAST!また一人で黄昏てんのか?」
「……ピカキチ。てめぇはストーカーかよ」
いつの間にか隣に現れた上鳴のアバターに、俺は心底嫌そうな顔を向けるが、その言葉に以前のような鋭い棘はない。
「いいじゃん。ここじゃ俺ら、ただのミラージュなんだし。……お、もうすぐ始まるぜ。今日のエミリアのステージ」
上鳴の視線の先、街の中央広場が淡い青の光に包まれ始める。
俺がこの世界に通い詰める、たった一つの理由。
「…………」
俺はグラスを置き、ゆっくりと立ち上がった。
ステージに現れるエミリア姿を、ただ黙って見つめる。
彼女の歌声が響き渡るときだけは、俺を縛り付けていた鎖が音を立てて解けていくのがわかった。
その旋律に魂を委ねる。
その不自由な自由さが、今の俺にとっては何よりの毒であり、唯一の薬だった。
「……行こうぜ。クソったれな現実を忘れるには、あいつの声が一番だ」
俺は上鳴の先を行くように、光り輝くステージへと足を進めた。