Tell My World 【ヒロアカ 爆豪勝己】
第3章 未完の初恋、ログイン不可の心
デバイスを外し、現実の静寂に引き戻された部屋。
はしばらくの間、微かに熱の残る自分の右手を、もう片方の手でそっと包み込んでいた。
暗闇に溶ける天井を見つめれば、網膜の裏にはまだ、あの輝く天の川と、爆豪の切実な願いが綴られた短冊が焼き付いている。
「……本当の私に、会いたい…か」
彼の不器用で真っ直ぐな言葉が、胸の奥で何度もリフレインしていた。
その時、枕元に置いた端末が、短く無機質な通知音を鳴らした。
画面を点けると、そこには『ZERO WORLD』運営からの公式メッセージが届いていた。
『歌姫・エミリア様へ。一ヶ月後に控えた当ワールド8周年の祭典について、特別な出演依頼がございます』
運営からのオファー。
活動を休止している今の自分にも、その場所は変わらず扉を開けて待っていた。
だが、読み進めるうちに彼女の眉が微かに動いた。
例年の周年祭では、テーマに沿って彼女自身が新曲を書き下ろすのが通例だった。
しかし、今回の依頼は異例中の異例。
運営側から「特定の楽曲」を歌ってほしいと、譜面と音源が指定されていたのだ。
(……指定曲? 今までそんなこと、一度もなかったのに)
譜面を開いた瞬間、彼女の指先がわずかに凍りついた。
運営から提供された、見知らぬ旋律。
けれど、その音符の並びを目で追うごとに、得体の知れない胸騒ぎが込み上げてくる。
どこか美しく、それでいて、聴く者の精神を根底から揺さぶるような、不穏な響き。
「……これ、本当に私が歌うの?」
無機質な譜面が、暗闇の中で冷たく光っている。
珍しいことだと思いながらも、自分の居場所を作ってくれた世界への感謝、そして彼が願ってくれた「本当の自分」をさらけ出す勇気を得るために、彼女は静かに『承諾』のボタンをタップした。
だが、彼女はまだ知らなかった。
その一曲が、平和を取り戻しつつあった世界を再び混沌へと突き落とす、ある大事件の引き金になることを。
運命の8周年祭まで、あと一ヶ月。
不穏な足音が、静かに、確実に忍び寄っていたーー。