第4章 肆
直哉が眠りについているその横で、は静かに身を起こし、障子の隙間から差し込む月明かりを眺めていた。
夜は深く、屋敷は呼吸を止めたように静まり返っている。隣で眠る彼の規則正しい寝息だけが、沈黙を切り裂いている。
――「好き」とは、どんな感情なのだろう。
胸に手を当ててみても、そこに熱はない。
鼓動はいつも通り、乱れも高鳴りもない。ただ、凪いだ水面のように、何も映さずにそこにあるだけだ。
尽くすこととは、違うのだろうか。
命じられれば従う。望まれれば応える。彼が何を求めているのかを考え、その通りに振る舞う。
それはずっと前から、当たり前のことだった。
彼が「好き」という言葉を求めている気がしたから、その言葉を口にした。
直哉様の表情が緩み、満足げに目を細めたのを見て、正解だったのだと理解した。
けれど――。
「本当に好きなのか」と問われたら、答えに詰まる。
好きかどうかを測る基準を、彼女は持っていなかった。
嫌い、という感情がない。
拒む理由も、反発する意思もない。
ただ、そうあるべきだから、そうしているだけ。
嫌いが存在しない場所で生まれる「好き」は、あまりに輪郭が曖昧で、意味を持たないようにも思えた。
それは選び取った感情ではなく、必要に迫られて与えられた名前に過ぎないのではないか。
月明かりが、白い布団の上に淡く落ちる。
眠る直哉の横顔は、起きている時よりもずっと無防備で、幼く見えた。
――この人のそばにいることが、ただ私の全てなだけだ。
そう考えても、胸は痛まない。
答えが出ないことに、不安も焦りもない。
彼女はそっと横になり、再び目を閉じた。
月は変わらず、静かにそこにあり続ける。