第1章 壱
は、小さな橋を渡りきったところで足を止めた。
視線の先には、禅院家の門が静かに佇んでいる。
重く、冷たい空気が漂い、ここが簡単に踏み入れていい場所ではないと告げていた。
今日から、ここで働き、ここで暮らす。
そう思うと、胸の奥がひどく落ち着かない。
父親から言い渡された役目は、次期当主になるという同い年の男性…直哉様の身の世話。
その言葉の裏にある意味を、は成人した頃から理解していた。
我が一族はかつて禅院家に救われた。
多大なる恩は返さなければならない。
その代わりとして今世代に差し出されたのが、娘であるだった。
直哉とは同い年で、何度か顔を合わせたことがあるが、
鋭い目、強気な態度、気まぐれな笑み。
近くにいると息が詰まりそうになるのに、不思議と視線を避けられなかった。
彼に仕えるための振る舞いを学び、
余計なことを考えないように教え込まれ、
いつしか「彼のそばにいること」だけが、存在の全てとなっていた。
感情を持ってはいけない。
期待してはいけない。
ただ、役目を果たすこと。
「時が来た」
そう告げられ、はここに立っている。
門の向こうには、もう何年も会っていない直哉がいる。
青年だった頃の面影を残したまま、
きっと、まったく別の存在になって。
は小さく息を整え、着物の袖の中で指を握りしめた。
胸のざわめきに名前をつけることはできないまま、
彼女は静かに門をくぐった