第6章 漆
「……帰らん言うたやろ」
低い、掠れた声。
いつもより少しだけ怒っているような、でもどこか甘く掠れているような声。
は息を詰めたまま、動けない。
直哉はゆっくり立ち上がり、襖の向こうから一歩、こちら側へ踏み出した。
距離が縮まる。
「待ってたんか」
問われた問いに、反射的に唇が動いてしまう。
「……はい」
声が震えて、情けなくて、でも止められなかった。
「ずっと……まってました」
その言葉が零れた瞬間、ぽろりと涙が頬を滑り落ちた。
直哉の目が、一瞬だけ大きく見開かれる。
次の瞬間、彼の手がの頬に伸びた。
親指の腹で、涙を乱暴に拭うように、でもひどく優しく。
「……バカか、お前」
呟きはほとんど吐息に近い。
「そないな顔…したら…」
彼の瞳が、揺れた。
「……っ」
言葉にならない吐息が漏れたかと思うと、直哉の手がの後頭部を強く掴んだ。
次の瞬間、唇が重なる。
最初は触れるだけだった。震えるように、確かめるように。
けれど、の唇がわずかに開いた途端、直哉の理性は音を立てて崩れ落ちた。
「はぁ……っ」
掠れた声が、の喉から零れる。
直哉の舌が、ためらいなく侵入してくる。熱く、貪るように。
涙の味が混じる。塩辛くて、甘くて、堪らなくて。
の指先が彼の着物の胸元を掴んで、引き寄せる。
直哉は低く唸るような声を上げ、の身体を畳の上に押し倒した。
襖は開け放たれたまま、月明かりが二人の絡み合う影を長く伸ばす。
「…」
耳元で名前を囁きながら、直哉の唇はの首筋へ滑り落ちる。濡れた跡を残しながら、強く吸い上げる。
「あぁっ、直哉様…」
縋るように呼ぶ声が震えて、甘く掠れる。
直哉の手が、紗弥香の着物の帯に掛かり、焦るように、しかし確実に解いていく。
帯が解け、布がはだける音が夜の静けさに響く。
の白い肌が月光に晒され、直哉の視線に焼かれた。
「嫌な女やな…お前は」
呟きながら、直哉は自分の着物も乱暴に脱ぎ捨てた。
肌と肌が触れ合う。熱い。熱すぎて、息ができない。
額を彼女の額にくっつけ、荒い息を吐きながら、ただ視線を絡ませる。