第26章 生活編
――家賃ですでに自分の年収なんですけど。
二人は専門的な会話をしていたが、ヴィクトルも一応ここは見ておくだけという気らしいし、何も聞かなかったことにした。
それからエージェントのマルコが、あなたに微笑みを向けてくる。
「いかがでしたでしょうか、今回の物件は」
「いやもう、素晴らしくて見入ってしまいました。こんなところに住めたら夢ですねえ」
「ありがとうございます。私どもも非常におすすめできる物件です。ご婚約者様のご希望などございましたら、次回はさらに条件に合ったご提案ができるかと思います」
丁寧に、だが積極的にそう伝えてくれた営業マンのマルコに対し、あなたは目が泳いでしまう。
適当なことを言ったら申し訳ないと思いつつも、好奇心もわずかにあった。
それに、たぶん「そんな物件ありません」と返されると思ったのだ。
「そうですね……テラスから水辺が見えたらさらに素敵だなあ……なんて。運河とか。まあほんとただの夢ですけど」
はは、と笑いながら世間話として終わるだろうと思っていた。
だがあなたはまだこの業界をよく知らなかった。
「運河…? それいいな。湾とか、そういうの見えたらもっと素敵だね。すごいよ名無しちゃん、最高のアイディアだ!」
「えっ、ちょっ」
「⋯⋯ふむ、素晴らしいですね! 南寄りになりますが、都市部でばっちりの物件がいくつかございます。運河ビュー、沿岸エリア、ハーバー付きなどは人気の条件ですね」
「海か、いいなあ」
「ヴィクトルさん、ちなみにヨットなどのご利用予定はございますか?」
「いや船舶は持ってないんだ」
「それでも今後ご購入された際に、このような物件を所有していると大変有用かと思われます」
「確かにそうだよね」
「……いや、あのっ、待っ……!!」
あなたは自分の一言がとんでもない方向に行きそうで、真っ青になっていた。
だがヴィクトルのポジティブなエネルギーが眩しく彼を照らし、あなたにまで降り注いでくる。
そんな彼を見るのは幸福そのものであり、嬉しいことだ。
一方でこれからどうなっていくのかと、あなたは急速に身震いがした。