第26章 生活編
さて、この日は車でただお出かけをしているわけではない。
不動産エージェントから連絡があり、沿岸エリアでの一軒家の内見があったのだ。
二人はこの間と同じようにスーツ姿のマルコと会い、部屋ひとつひとつを隈なく案内された。
どれもが上質な家具と生地、内装に彩られていたが、遠くの白浜とマッチする爽やかでモダンな雰囲気である。
あなたはその空間そのものに憧憬をもつほど、じっと見入っていた。
「綺麗だねえ……ヴィクトル」
「そうだね……海が大きいなあ」
真っ白な広いテラスで休んでいると、彼の素直な感想にくすっと笑う。
しかしあなたの気持ちは、前回と違い落ち着いていた。
柔らかい潮風が吹き抜け、夏の光に照らされる波が、そっと凪いているように。
「私ね。まだ家はいらないと思う」
そうぽつりと呟くと、隣のヴィクトルも大きなリアクションはしなかった。
まっすぐ前を向いて、自然に頷いているようだ。
「俺もそう思うよ、名無しちゃん。……君と二人で過ごし始めてからかな。感じるようになったんだ。俺達は、別に新しい家が必要なわけじゃないってさ」
こちらに振り向き、彼はあるがままを受け入れているような、優しい笑みを浮かべた。
「うん……同じだよ。私もそう思ったんだ。ヴィクトルがいれば、そこが私の居場所なんだ。だからヴィクトルにとっても、私がそうだったらいいな」
伝えると、彼があなたの背中に回って、肩ごと抱きしめてきた。
あなたは安心して、腕をきゅっと握って、穏やかに同じ海を見つめる。
「名無しちゃんがいる所が、俺がずっと居たいところだよ。だから場所は関係ない。二人で落ち着く暮らしを作っていきたいって思ってる」
それは彼の本心だった。
ヴィクトルは、以前は自分のできる限りのことを、あなたに与えたくなっていた。
それが愛する男としての使命であり、望みだったのだ。
しかし今は、彼はそのままの状態でもあなたに愛されているのだと知った。
ヴィクトルはもう、飾ることはしなくていいのだ。
その安心が、静かに胸の中に刻まれていた。
「私も⋯⋯。一緒に作っていこうね、ヴィクトル」
あなたは後ろのヴィクトルを見上げる。
すると視線が合わさり、小さなキスをされた。
二人はしばらく照れ合うように見つめ合っていた。