第16章 真相編
ヴィクトルはあなたの異変に気づいていた。
あの夜、自分の腕の中で二人の繋がりを確かめるように不安げな言葉を投げかけてきたこと。
それはまるで、出会った日の心細そうな姿を彼に思い出させた。
あなたの思わず手を伸ばしたくなる儚さに、ヴィクトルはいつまでも心が囚われていた。
「やあ、エリオ」
「ヴィクトル」
社内の休憩室で珈琲を淹れている友人に、ヴィクトルは声をかけた。
財務部長のエリオはいつも冷静沈着でクールな顔立ちを変えないが、こちらを見て薄く微笑む。
「なんとなく君が来るような気がしていたよ」
「そうかい、どうして?」
「先週のパーティーで俺とアンドレイが君の婚約者と話をしていただろう。気になったんじゃないか」
珍しく堅物の男がからかうような口調だったため、ヴィクトルは苦笑いする。
「和やかな雰囲気だったのは聞いたよ。あの可愛らしいぬいぐるみもなぜかうちにあるんだ。アンドレイからのプレゼントだと思うと少し複雑だけどな」
軽口を叩くとエリオも口元を緩める。しかしヴィクトルの表情がやや曇り始めるのを大学時代の旧友は見逃さなかった。
「彼女に何か変わった様子はなかったかな」
「いいや、俺が見る限りは。過度な緊張をしているふうにも見えなかったよ」
エリオは指先で眼鏡に触れ、じっとヴィクトルを見つめた。
それ以上言葉は続かなかったが、仲間の中でも根が真面目な二人に思慮深い間が流れる。
「それならいいんだ、ありがとう。少し気になっただけさ」
「そうかい。⋯⋯俺もずっとあの場にいたわけじゃないが、時折名無しさんを見ていたよ。女性社員たちに話しかけられていたな。ほら、君とも関わりがあるプロジェクトマネジメント部のマグダだ。他の二人は知らないが」
そう教えられ、ヴィクトルは納得をする。
「ああ、彼女か。以前ケーキ屋で偶然会ったんだ。そのとき名無しちゃんと知り合ってね」
彼は顎を触りながら、何の気なしに反芻した。その女性部長は起業から数年後に入社し長く仕事を共にしてきた同僚であり、人格的にも信頼のおける人物だ。
だがヴィクトルはハッとなった。彼女には何も問題ないし、これまでケーキ店でのことをほとんど思い出すこともなかった。
しかし、あの場にはあの社員もいた。