彼女は七海に幸せになってほしい 【呪術廻戦 七海 R18】
第6章 番外編 七海は彼女を愛したい
脱兎のごとく逃げ去る伊地知の背中を見送りながら、七海は深く、吐き捨てるように溜息をついた。
(……午前中の任務、報告書の提出、怪我の処置。すべて終えても、まだ私の手元には何もない)
付き合って初めてのバレンタイン。
七海建人の忍耐は、今、限界を迎えようとしていた。
伊地知と別れ、一人になった瞬間に七海はスマホを取り出し、に電話をかけるが、呼び出し音が虚しく響くだけで、彼女がそれに出ることはなかった。
「……出ませんか。この忙しい日に」
七海は低く呟き、すぐさまメッセージを打ち込んだ。
『今、どこにいますか。貴方の家の近くまで向かいます』
既に彼女の任務が終了し、帰路についていることは確認済みだ。
それなのに、メッセージは既読にすらならない。
(五条さんに家入さん、伊地知くんにまでチョコを配っておきながら……恋人からの連絡は無視、ですか。……いい加減にしてください)
普段の彼なら「忙しいのだろう」と片付けるはずの事象が、今日という日だけは胸の奥で燻る苛立ちを増幅させていた。
三十分後。
連絡がつかなかった七海は彼女のマンションへ到着し、そのまま預かっていた合鍵を使って中に入った。
玄関を開けた瞬間、ふわりと漂ってきたのは香ばしいガーリックと、肉が煮込まれる食欲をそそる香り。
「あ、建人さん! お疲れさま。早かったね」
キッチンから顔を出したは、エプロン姿で菜箸を持ったまま、いつも通りの柔らかな微笑みを浮かべていた。
「……ただいま戻りました」
「ふふ、そんなに怖い顔してどうしたの? お腹空いてる? ごめんね、思ったより帰りが早かったから、まだご飯できてないんだ」
当たり前のように、さも「夕食を共にする約束をしていた」かのような口ぶりに、七海の思考が一瞬停止する。
「……さん。待ってください」
「んー? あ、そこ座って待ってて。もうすぐできるから。あ、赤ワイン開けちゃう?」
「話を聞きなさい。……今日、私は貴方と夕食を共にする約束などしていません。そもそも、連絡すら取っていなかったはずですが」
七海は怪我をした腕を隠すようにコートを脱ぎながら、不審げに、そして冷徹に彼女を見つめた。