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彼女は七海に幸せになってほしい 【呪術廻戦 七海 R18】

第3章 彼女は七海と幸せになりたい


同時刻。
静まり返ったマンションのリビングで、は時計の針が刻む音に急かされるように、一人キッチンに立っていた。


「……少しでも、片付けておかないと」


彼が帰ってきたらすぐに温かいお茶を淹れて、あのおいしそうなケーキを一緒に食べよう。
そう自分に言い聞かせ、は彼がいつも使っているウィスキーグラスを手に取った。
ずっしりと重みのある、彼の手に馴染んだお気に入りのグラス。
その時だった。


『……』


「……っ、建人さん?」


耳元で風が囁くような、けれど確かな彼の声がした。
愛おしそうに、そしてどこか遠くへ旅立つような、切ない響き。
が弾かれたように振り返った瞬間、指先から力が抜けた。




ーーガシャアァァン……ッ!



乾いた音を立ててシンクの中でグラスが粉々に砕け散った。
厚みのあるはずのガラスが、まるで最初から形を保っていられなかったかのように鋭い破片となって散らばる。


「……あ……っ」


は指先を破片で切り、一滴の紅い血が白いシンクに滴り落ちた。
けれど、指の痛みなど感じなかった。
それ以上に胸の奥が、魂の芯が、凍りつくような冷たさに支配されていく。



「……嘘。……建人さん? 嫌よ、建人さん……返事をして……」



震える手でスマートフォンを握りしめたが、彼からの連絡はない。
ただ、リビングの窓の外、渋谷の方向の空が不吉なほど赤く染まっているのが見えた。


約束した。
すぐに帰ると。
お祝いを言うまでは待っていてくれと。

彼は一度だって、との約束を破ったことはなかった。


「建人さん、お願い……帰ってきて……」


は割れたグラスの破片もそのままに、自分のお腹を抱きしめてその場に崩れ落ちた。
胸を刺すのはただならぬ嫌な予感。
砕け散ったグラスが、二人の幸福な時間の終焉を告げているようで、は溢れ出す涙を止めることができなかった。



暗い部屋の中に、ロウソクの灯っていないケーキが、寂しく取り残されていたーー。




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