第3章 触れた逆鱗
「音芽。どしたん?」
「見かけたから……って、乃愛いたの?宗四郎で見えなかった」
いつも副隊長って呼んでるくせにどうして……内側から冷えていく感覚がした。副隊長はこの人に名前で呼ぶのを許している。私にはダメだと言っていたのに…この前は何故か、名前で呼べと言われたけど。
音芽は私が欲しかったもの、全部持ってるんだ。今はオペレーターの仕事を誇りを持ってやれている。だけど、本当はあのスーツを着たかった。でも私の手はそれに届かなかった。
音芽はあのスーツを着て、小隊長にまでなった。副隊長の何もかもを知っているのだろう。名前で呼んでもいい存在。副隊長の"本命"という、確かな地位。
「……ふ、副隊長…私は、これで……」
声が震えていた。私が必死で守ってきた場所は、もうすぐ壊れる。自分で壊そうとしても壊れなかった場所が、壊される。
「乃愛?どしたん?めっちゃ泣きそうな声して……怒ると泣くタイプ?」
「いや、乃愛は泣かないし、怒っても静かで、溜め込むタイプ」
なんで音芽が私のことを知った風に言うの?なんで笑ってるの?自分が本命なのに、私と同棲してるんだよ?なんでそんな、余裕なの…。
「そうだ、宗四郎。はい。……自分家の鍵、忘れて行かないでよ。帰れなくなるよ?」
「あ、忘れとった?まあ忘れても、乃愛がおるし……」
私とのことも全部、音芽には言ってるんだ。音芽にはなんでも話せちゃうんだ。鍵を受け取った副隊長はへらへらと笑っている。私の気も知らないで……目の前で、関係の深さを見せつけないで。
どうしようもなく苦しい胸を隠すように、二人から逃げた。