第1章 泡の飛沫
「朝の準備?」
お風呂から上がってきた副隊長がキッチンまで来て聞いてくるので、「はい」と頷く。それ以上の会話はないけど、お腹に回された手に腰を抱かれ、包丁を持つ手を掴まれる。
「危ないです」
「こっち向いてや」
何も考えずにその言葉に答えて、首を捻る。一瞬だけ唇が触れて離れた。どうしてこんな慣れないんだろう。恥ずかしくてすぐに顔を元に戻した。
「さっき、機嫌悪なってごめんな。許して」
「……気にしてないです」
恋人のような甘さはないのに、恋人のようなことをしてくる。どうしたらいいのかわからなくなる。いつも平気なフリをして、速くなった鼓動を隠してるけど、もしかしたら副隊長は、そんな私を見たいのかもしれない。
でも絶対にそんな姿は見せない。少しでもあなたが見せてくれたら、楽に出来るのに。わからないの?私の身体はちゃんと反応している。
「昔はもっと、可愛ええ反応しとったのに…」
私を愛してくれない恋人にそんな反応をする程、もうバカではない。……わけでもないけど。それが知られるのがとても嫌だった。
副隊長は離れてソファに向かい、スマホを持って足を組んだ。そんな姿にさえ惹かれてしまう自分が、単純過ぎて笑えてくる。鼻から漏れた息を聞かれて、振り向いた副隊長が「なに?」と笑った。
緩く首を振ると、副隊長は首を傾げて顔を元に戻す。なんか……私ってもう、壊れてるのかも。思わず、食材を切る手に力が入って、包丁とまな板がぶつかる音が響いた。