第11章 【脹相】君の名
「比丘尼、何故お前は食べない?」
食べているのは虎杖と脹相だけで、比丘尼はそれを穏やかに眺めているだけだった。
「食事係は主人と一緒に食事いたしませんし、私は食べずとも死にません。お気になさらず召し上がってください」
脹相の目が細められる。
「食べずとも死なないというのは腹は減らないと言うことか?」
「…多少空腹を感じることはありますが、それで死ぬことはありません」
「なら今度からは一緒に食べろ。俺たちは主従関係じゃない。お前だけ食べないのは雰囲気が悪い」
脹相は話は終わりだと言うように比丘尼から目線を外し、食事を再開した。
虎杖は「ご飯と味噌汁まだ残っているから今から一緒に食えばいいじゃん」と比丘尼の分をよそいに台所へ行った。
比丘尼は呆気にとられたように佇み、虎杖から「はい」と食事を出されてもしばらくそれを眺めていた。
「ほら、座りなよ」
虎杖に席へ導かれて初めて座る。
「いた、だきます…」
味噌汁を啜る。
「…こうやって誰かと食事をするのは150年ぶりです…」
比丘尼がボソリとそう言うと、「うわ、マジで?」と虎杖が軽く返す。
脹相は比丘尼から温かな喜びの感情が流れてくるのを感じる。
視界の端で比丘尼が一度だけ目元に手を持っていったようだが、その後は黙々と食事をとっていた。
たまに虎杖が話しかけ、それに答える比丘尼。
決して賑やかではないが、和やかな食卓。
(――こういうのも、悪くはないな)
そうして食事が終わると、再び呪霊を狩りに行く。
「いってらっしゃいませ。どうぞご無事でお帰りください」
比丘尼がやうやうしく頭を下げて見送る。
脹相はそちらを見なかったが、その代わり虎杖は手を上げて答えていた。
比丘尼が見えなくなると虎杖が口を開く。
「あの人、良い人だな」
「…そうか?」
「うん、なんかわかるよ。脹相があの人連れてきたの」
「…そうか」
「味噌汁の味は薄いけど」
「そうだな」
そうして暮れゆく街に繰り出す。
呪霊をただただ狩るために。
ただ昨日までとは少し違う。
帰りを待つ者がいる。
それだけで心持ちが前を向く。
(――悪くないな)
脹相は少しだけ口角が上がっていたが、それは本人も気づいていなかった。