第11章 【脹相】君の名
「わかった、もういい。頭を上げろ」
その言葉でようやく比丘尼は頭を上げた。
そして、脹相を見る。
「これで用は済んだだろう。もう、どこへなりとも行けばいい」
今の東京は魔境。
比丘尼と初めて会った時から気づいていたが、彼女には呪力がない。
1000年生きていようがただの人間だ。
呪霊に対抗する手段がない以上、一緒にいるのは得策ではない。
しかし、比丘尼は動こうとしない。
「…お願いがございます。私をお側においていただけないのでしょうか?それが叶わなければ、視界に入らない程度、近くにいることをお許しいただけないでしょうか?」
三度頭を下げる。
「九相図を高専へ預けてからというもの、九相図の行く末を見守ることを誓って生きてまいりました。もう、あなたしか、脹相さんしかおりません。お察しかもしれませんが、私には呪力はございません。術式も持ってはおりません。しかし、不死の身体がございます。もしもの時はあなた方の盾となることも辞しません。いざとなれば使える力も持っております。ですから、どうか…どうか…」
そう言って頭を下げ続ける比丘尼はてこでも動かない覚悟を感じる。
「…脹相…」
隣を見れば眉の下がった虎杖がいる。
先に虎杖が落とされたようだ。
脹相はグッと奥歯を噛み締めた。
「…俺たちに盾は必要ない。呪霊を払えない戦力外もいらない」
脹相の投げかける言葉に比丘尼の肩が震える。
「ただ…」と脹相の言葉が続く。
「ただ、悠仁には温かい食事を摂らせてやりたい。それができるならお前はここにいればいい」
比丘尼が勢いよく顔を上げた。
信じられないという表情から本当にダメ元で縋っていたのがわかる。
「はい、ありがとうございます!」
何だか比丘尼に負けた気がした脹相は、良い返事をしてまた頭を下げる比丘尼に、「もう頭を下げるのはやめろ」と窘めてむっつりとした顔で部屋を出ていった。
廊下に出た脹相は大きくため息を吐き出す。
受肉直後に会いに来た比丘尼を見た時からもう関わらないと決めていたはずなのに。
事情はわかったからもう用はないはずなのに。
戦力を持たない比丘尼に今の現状は危険しかないのはわかっているはずなのに。
彼女から向けられる真っ直ぐな温かさが胸に刺さる。
(今回のは熱すぎる…)
脹相は熱くなりすぎた胸を冷ますのに外の空気を吸いに行った。
