第9章 逃走と分与
「…わかりました。封印、お願いします…ただ、その前に…」
八重は標本瓶の蓋を開け始めた。
「八重?」
天元が話しかけても返事をしない。
九つ全ての蓋を開けると自分の親指を噛み、血を流した。
そして、一滴ずつ瓶に垂らしていった。
垂らし終わると傷口の血液を、舐め取った。
もうそこに傷口はない。
標本瓶の蓋を閉め、九つ全てを胸に抱いた。
(別れでも惜しんでいるのだろうか…?)
天元は静かに見守った。
背を丸め、祈りを捧げているようにも見える八重。
気が済むまでそうさせてやろうと思ったのだろう。
だが、場の空気が一変した。
呪力ではない。
それ以外の何か大きなものが八重の周りを囲んでいる気配がする。
「八重!お前、何をやっている!」
天元は思わず声を荒らげた。
急いで八重に駆け寄ると肩を掴んでこちらを向かせる。
二拍遅れてぼんやりとした八重と目が合った。
いや、天元を見ているが焦点は合っていない。
ただ、瞳が真っ暗になっている。
光はない。
全て吸い込んでいるみたいに。
八重の身体はここにあるのに、今ここで肩を掴んでいるのに、どうしようもなく遠くにいるように感じる。
それほどまでに八重の気配が揺らいでいた。
「八重、何をしたんだ?」
天元の声はもう慌てていない。
責めてもいない。
ただ、優しくもない。
事実を聞き出すための質問。
感情は要らない。
「…私の、寿命を…分けました。一層だけ…9人で分けたから足りるかどうか、わからないけど…」
「何を言っている。そんなこと、出来る訳ないだろう…」
「すみません…相談もせず…ごめんなさい…でも、今はすごく眠いんです…」
そう言うと標本瓶を抱きしめたまま身体を横たえた。
規則正しい呼吸の音が聞こえる。
天元は八重と100年近く一緒に過ごした時間はあったが、眠る八重を見たのはこの時が初めてだった。