第7章 加茂憲倫
今回は娘と一緒ではないことと、夜通し歩き続けたことで次の日には寺に着くことができた。
もう日は昇っているのに寺の門が開いていない。
門を叩こうかと思ったが潜り戸の鍵が空いていたのでそこから中に入った。
敷地内には人の気配がない。
そういえば1年前に来た時も他の僧を見かけなかった。
おかしいことをおかしいと思わなかった。
安堵とはそんなにも人の感覚を鈍麻させるのか。
今回は娘の無事を確認できるまで警戒心は解くまいと八重は周囲に気を張る。
急にまとわりつくような視線を感じ、反射的にそちらを見た。
加茂憲倫だった。
「結界を張っていたはずなのにどうやって入ってきたのだか…まぁ、いい。貴女とはもう一度話をしたいと思っていたからね。ついてきなさい」
まずは話をしなければ始まらないと八重は黙ってついていった。
歩きながら加茂は話し始めた。
「貴女は随分とお若く見えますね」
猫を撫でるような優しい声。
「ただ童顔なだけです」
声に温度を乗せずに返す。
「見た目にそぐわない落ち着きぶりだ」
上がる口元。
「こう見えてそれなりに生きておりますので」
無感情を装う。
「各地で不老不死の比丘尼の話があるのはご存じですか?」
チラリとこちらを見る細められた瞳。
八重は観察されていると感じた。
自らの一挙手一投足の全てが。
「伝承でしょう?」
少しの綻びでも見せようものならそこから一気に引き裂かれそうな緊張が走る。
「…伝承、ね」
嘲るように鼻を鳴らす。
「伝承です」
「呪いや呪霊や術師がいるんだ。八百比丘尼がいたって不思議じゃない」
「随分八百比丘尼がお好きなようですね」
「ええ、知的好奇心が掻き立てられますね。もしいるのならしばらくご一緒したいくらいだ」
「そうですか。いるといいですね、八百比丘尼」
部屋についたのか扉を開けて中に入るように促される。
1年前とは違う部屋。
寺にそぐわない、洋風の家具装飾。
向かい合って置かれた革張りのソファの上座に通される。
「珍しいお部屋ですね」
「こういう物にも興味がありまして」
「私は座敷の方が落ち着きます」
「こちらも悪くないですよ。床に座るのは疲れる」
加茂は八重の正面にドカリと座った。
「何より、近くで相手と向き合える」
より近くで観察される。