第5章 対峙と邂逅
寺での修行も20年を過ぎようという頃。
誰かが隠れて話しているのを聞いた。
「あの人、全然年を取らないよね?」
八重はドキリとした。
そして、
(あぁ、ここにいられるのも長くはないな)
と思った。
八重は師に全国行脚の旅に出たいことを申し出た。
師も八重をいつまでもここで修行させておくのは勿体ない、どこに出しても恥ずかしくない比丘尼だと思っていたので快く承諾した。
間もなくして八重はそこの寺を出た。
そして、もうそこには戻らなかった。
師から戒名はもらっていたが、八重はそれを名乗らなかった。
以前、天元に比丘尼になると話をした時、「長寿の比丘尼だから〝八百比丘尼〟だな」と冗談めいて言われたのをずっと覚えていた。
そうして八重は八百比丘尼となった。
全国行脚は八重にとってはとても有意義なものであった。
誰も八重を知らない。
八重も知らない土地、人、物。
ただそこにある人の心に向き合う毎日。
子どもが生まれたと聞けば共に喜び、老いを嘆く者がいれば無理しなくてもいいと腰を擦り、病に倒れる者がいれば手を握ってやり、死んだ者があれば故人と遺された者のために経を上げた。
そこにある心の温度に八重は満たされる。
まだ自分は人間であると思っていられる。
そして、しばらくするとまた別の土地に向かう。
その繰り返し。
そうやって長い時間を穏やかに過ごしていた。