第23章 いとほし日々[前編]
「…障りはありません」
八重はどうにかそれだけ口にした。
先程までそうではなかったのに、脹相に触れられたところから順に熱を帯びていく。
そこがどうなっているのか確かめようにも濡れた手で触る訳にもいかず、ただ心をざわめかせながら皿を手に取るしかできなかった。
脹相はその様子をじっと見つめてから「いつもこの量を洗っているのか?」と静かに言った。
「今日は“ぱーてぃ”だったのでいつもより少し多いでしょうか」
だから何てことはないという意味で、その後に「しかも、この機械がとても優れておりまして…」と食洗機の素晴らしさを説明するも脹相は特に食いつく訳でもなく、「これで今日の仕事は終わりか?」と話を戻される。
八重は視線をずらして頭の中で組み立てているこの後の予定をなぞる。
「これが終わったら皆さんが浴室を使い終わる頃なのでそちらの清掃に入ります。脹相も今のうちに入ってくださいね」
そう笑いかけたのに脹相は「……」と黙っている。
八重は「?」と脹相の顔を覗き込む。
脹相の眉根に力が入っている。
八重はハッとして、自分の何が彼の地雷を踏み抜いたのか考えを巡らせるが思い当たるものがない。
「その後は?」
幾分低くなった脹相の声に先日の地下室での空気を感じる。
「その後は…明日朝から干せるように洗濯物を洗っておこうかと…」
八重の口ぶりはどんどん重くなる。
先程、両腕で物理的に囲われた時よりも固く、逃げ場をなくされていくような感覚に陥る。
「いつ休むんだ?」
追い詰められていくその感覚にようやく塞がりかけていた八重の内傷が疼き出す。
それに戸惑い、言葉を発することができずにいると。
「お前はいつ休むんだ?」
と、脹相は追い討ちをかけるが如く言葉を重ねる。
「今日だけじゃないだろう?朝から晩まで…一日中…」
八重は(いけない。いけない)と頭の中で止める自分がいることはわかっているのに、何か答えなければと口を開いてしまう。
「……私は休まなくても動けます…」
一言発してしまえば、その後の言葉は将棋倒しのように滑らかに口から出ていってしまう。