第23章 いとほし日々[前編]
八重は誤ってそちらを見てしまわないように注意を払い、動揺が伝わらないように努めて穏やかな声を出した。
「どうしましたか?」
そう問いかけてもすぐには返ってこない。
あれだけの深い溜息なのだから早々に言葉は出てこないだろうと八重は気長に食器を捌くことにした。
そして、声を出すために息を吸ったのを耳元で感じてから耳をそばだてる。
「俺達がいない間、五条悟と何を話した?」
ずっと抱えている不機嫌はそのままに、しかし耳元であるためかボリュームは抑えられているその声は、どこか優しさや切なさをはらんでいるようにも聞こえて八重は耳がこそばゆくなった。
それと同時に、(あぁ、そんなことを気にしていたのか)とある種の納得があった。
「特に何も。力のことや私たちのことは何も話してません」
安心して欲しくてすぐさまそう答える。
実際のところ五条にそんなことは訊かれもしなかった。
それなのに。
「違う」
と、不機嫌さと比例するように脹相の語調が強くなって八重は思わず横を振り向いてしまった。
かなり近くにある顔にギョッとして慌てて前を向く。
耳の辺りに血が集まってくるのを感じる。
もしかすると腫れているのではないかと思うほど熱い。
「他は?」
「…それ以外は現状どうなっているかなどでしょうか?あとは悠仁くんの学校生活のこととか…雑談です」
「……」
八重が話せば話すほど脹相から伝わる雰囲気が重くなっていく。
しかし、そうなればそうなるほど脹相の近さが気になって仕方ない八重はもう我慢ならなかった。
「っすみません。作業がしづらいので少し離れていただけますかっ?」
そう言えば、脹相は無言で身体を反転させて今度はシンクに寄りかかった。
「熱でもあるのか?」
急にそんなことを言われたので八重は食器から視線を外して隣を見る。
さっきよりは脹相との距離があるので今度は安心して見ることができた。
「熱、ですか?ないと思います…」
「耳が赤い」
「これは…ただ、末梢に血液が集まっているだけで…」
自分でもよくわかっていない現象に何とか理由をつけて話す八重の耳に脹相の手が伸びた。
そっと摘むように触れた後で、そのままの流れで首筋に触れ、「そうみたいだな」と何事もなかったかのように手を引く。