第23章 いとほし日々[前編]
八重は皿を濯ぐ手を止め、濡れた手を拭うと横にいる脹相に向き直った。
「私は戦いには参加できませんのでこのくらいはしたいんです」
「このくらい…?俺はお前に悠仁の食事を、としか言っていない」
「皆で生活しているのですから、それだけという訳にはいきません。私は私の出来ることをやっています」
心を疼きを隠すように八重の口調はますます固くなっていく。
それに気付いたのかどうかはわからないが脹相はしばらく黙る。
その間も八重の言葉は止まらない。
「それに手が空いた時は図書室で本なども読んでいるんですよ?新しいことを知ることができて楽しいです」
「それは料理の本を見て献立を考えているだけだろう?休みのうちに入らない」
「でも、私は苦ではありません」
八重は自分でもどうしてこんなにも脹相に食い下がるのかわからない。
以前なら早々に「わかりました」と折れているだろう。
しかし、八重はもうこうして身の回りのことをし続けることでしか存在意義を示せなくなってしまったのだ。
「……どうして、脹相は…」
そう言って八重は口を噤んだ。
そればかりは言ってはいけない気がした。
「……悠仁が、お前のことを気にしていた。心配をかけるな」
その言葉に八重は息を飲んだ。
自分が働き過ぎて心配する人間がいることに初めて気付いた。
(……喜んで、もらえないんだ…)
眉を下げて心配する虎杖の顔が脳裏を過ぎる。
申し訳ないことをしたなと反省し、どうすればいいのかと悲しくなる。
結局のところは「…わかりました。気をつけます」と折れるしかないのだった。
八重の視線は少しずつ下がり、シンクの方を向くと再び皿を濯ぎ始めた。
シンクにためた水の揺らぎが八重の瞳に反射する。
脹相は一度大きく息を吸ったが、吸った分より少ない息で「無理はするな」とだけ言って厨房を出ていった。