第22章 【脹相】繋縛
「だから八重に力を使わせないでくれ。私では止められない。お前の言葉なら耳を貸すかもしれない」
そう切実に語られた天元の言葉を聞く前から脹相は戦慄にも似た感情を抱いていた。
自分は大きな思い違いをしていたのだと。
八重は母を羂索に引き合わせてしまった罪悪感で九相図を持ち出し、天元に封印してもらい、150年間様子を見守っていたのだと思っていた。
全ては罪悪感から、償いのための行動だと思っていた。
しかし、違う。
確かに始めはそうだったかもしれない。
しかし、それが全てではない。
八重は母の遺志を汲んで、本当であれば自分や弟たちが受け取れるはずだった無償の慈愛を母の代わりに与えてくれていた。
それによって羂索に狙われることになっても、自らの人間性が削られたとしても。
(……お前はどうして、そんなことができる…)
それはもう八重がそういう人間だから、としか説明が出来ない。
得とか損とか、そんな勘定などが存在しない。
そんな人間だからこそ、海なんかに狙われるのだとすら思う。
そうして段々と脹相は腹の奥からメラメラと怒りの炎が立ちのぼるのを感じた。
何に?
八重に永遠を与えて、そのうち飛び込んでくるのをただ口を開けて待っている海に。
八重を物のように扱おうとする羂索に。
自分を大切にしない八重に。
そして何より、何も知らず知ろうとせずのうのうと八重の隣にいた自分に臓腑が煮えくり返る。
そして、強く思う。
守りたいと。
もう充分八重からは与えられた。
今度は自分が返す番だと。
何から守るのか?
本当であれば海からも守ってやりたい。
しかし、今は、それよりも前に、羂索だと思った。
羂索に八重を渡さない。
指一本触れさせない。
毛の一本だって与えない。
(羂索はここで差し違えてでも、殺す…)
初めは母や弟たちの救済のため、虎杖の未来のためと思っていたが、そこに新たに理由が付け加わる。
だから、対羂索戦の作戦を練る上で、九十九に「死ぬよ」と釘を刺されても迷うことはなかった。
(もう、俺の命はここで使うしかないんだ…)
脹相はそう強く思うことで、九十九に「死ぬよ」と言われた時に、「未来に君は必要ないのか?」と問われた時に、その度に浮かぶ八重の姿は意識の奥へと沈めた。