第9章 【後半】偽りの残照:檻の中の無一郎【鬼滅/無一郎夢】
その夜、任務を終えた私は、重い足を引きずるようにして蔵へ向かった。
もはや習慣となった道のり。考えるより先に、身体がそこを目指してしまう。
だが、蔵の戸を開いた瞬間、鼻を刺す異臭に息が詰まった。
鉄を焼いたような鋭い臭気。空間を埋め尽くすのは、むせ返るような死の気配だった。
檻は無残に破壊され、鉄格子は飴細工のようにねじ曲がっている。
内側も外側も、鮮やかな赤に濡れていた。
乾きかけたどす黒い染みと、今もなお滴る生々しい赤が混ざり合い、床一面に暗い光沢を広げている。
「……え……」
無一郎くんの姿は、どこにもなかった。
頭が真っ白になり、膝の力が抜ける。
喉の奥からせり上がる叫びは音にならず、浅い呼吸だけが絶望を刻むように繰り返された。
いない。どこにも、いない。
違う。嘘だ。ここにいたはずだ。確かに、私を愛してくれていたのに。
必死に現実を拒絶する声が、頭の中で狂ったように反響した。その音はやがて耳鳴りに変わり、世界そのものが足元から崩れ落ちていく。
錯乱の淵に立たされたその時、背後から冷徹な気配がした。
はっと振り返ると、月明かりを背負って立つ一つの影があった。
「……無一郎、くん……?」
胸が早鐘を打つ。一瞬、現実と幻の境界が混濁した。
だが、その瞳は、幻が決して宿し得ない、絶対的な冷たさと澄明さを湛えていた。
違う。これは、あの「無一郎くん」じゃない。
「鬼なら、僕が斬ったよ」
*