第7章 【前半】偽りの残照:檻の中の無一郎【鬼滅/無一郎夢】
「君は頑張り屋さんだね。もっと好きになっちゃった」
理性は即座に拒絶を叫ぶ。惑わされるな、これは鬼だと。
けれど、拒絶に乾ききった私の心には、その毒のような甘さがどうしても沁み込んでしまうのだ。
どうして、こんなことになったのだろう。
事の始まりは、二週間前の夜だった。
任務の帰り、夜明け前の冷たい森。そこで私は、獣用の罠にかかった無様な鬼を見つけた。
牙をむく気力もなく、ただ怯えた瞳で私を見上げていた「生まれたばかり」の鬼。
『斬らないでくれ。俺は人を殺す力もない。ただ、消えるのは嫌だ』
情けをかける理由などない。刀を抜き、月明かりの下で振り下ろそうとした瞬間、鬼が焦ったように叫んだ。
『好きな男はいないか? お前が思い浮かべた男に、俺はなれる』
その一言に、呼吸が止まった。
わずかな動揺を嗅ぎ取った鬼は、歪な顔で楽しげに目を細めた。
脳裏に浮かんだのは、無意識に、あの人の背中だった。誰よりも綺麗な剣を振るう、届かない背中。
同時に、一年前の記憶が胸を抉る。
『君のこと、好きか分かんない』
勇気を振り絞った私の告白は、淡々とした声に切り落とされた。困惑も嘲りもなく、ただ事実として突きつけられた拒絶。
その直後、目の前の鬼の輪郭が水面のように揺らぎ、形を変えた。
白磁のような肌。淡い光を湛えた緑色の瞳。肩に流れる透き通った髪。
そこに現れたのは、誰よりも恋い焦がれた人、時透無一郎その人だった。
それは、ただの変身ではなかった。記憶を抉り、理想を形にする悍ましい血気術。
この鬼を野に放てば、どれほどの人間が惑わされ、喰われるか分からない。今すぐ斬るべきだ。
なのに、腕が動かなかった。
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