第12章 『"待つ" 時間も幸せ』
「凛人、今日は帰れ」
体育館の隅で、蓮がため息まじりに言った。
「……まだいける」
「顔見ろ。全然いけてねぇから」
額に触れられた瞬間、凛人はわずかに眉をしかめる。
熱があるのは、自分でも分かっていた。
「……試合、近いんだよ」
「だからだって。今倒れたら元も子もないだろ」
少しの沈黙のあと、凛人はようやく小さくうなずいた。
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まだ少し明るい道をを、とぼとぼと歩く。
「体調崩すとか、なにやってんだよ……」
自分に向けた小さな悪態が、静かな住宅街に溶けた。
「待たせて、負けるとか……マジ無いよな……だせぇ……」
ポケットに手を突っ込みながら、重たい足取りで家へ向かう。
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家に着き、ベッドに倒れ込むと、一気に力が抜けた。
「……はぁ」
ぼんやりと天井を見上げる。
「……会いてぇな」
弱気な声が、誰もいない部屋に落ちた――そのとき。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
重い体を起こしてドアを開けると、そこには小さく息を切らした咲が立っていた。
「先輩。開けてください」
少しだけ不機嫌そうな顔。
「……咲?」
「れんにぃが弱ってるか看病いけって」
部屋に入るなり、じっと凛人を見上げる。
「なんで、そんなになるまで頑張るんですか」
怒っているというより、心配で仕方ない表情だった。
凛人は少しだけ笑う。
「……試合、あるし」
「それで倒れたら意味ないです」
言いながら、冷えたタオルを額にのせる。
「ほら、ちゃんと横になってください」
おとなしくベッドに座る凛人を見て、咲は小さくため息をついた。
「……ほんと、先輩って無茶しますよね」
「……心配してくれてんの?」
「当たり前です」
即答だった。
少し沈黙が落ちる。
弱っているせいか、凛人はいつもより距離を詰め、そっと咲の袖を軽くつかんだ。
「……もうちょい、そこ居て」
「……居ます」
「なんか……今、咲見ると安心する」
いつもより少し甘えた声に、咲は一瞬だけ目を丸くする。
「……弱ってる先輩、ずるいです」
そう言いながらも、ベッドの横に座ったまま動かなかった。