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『はつこい』

第11章 『 "音"と名前のない関係 』


廊下を曲がったときだった。

少し先の人だかりの中に、見慣れた背中を見つけて、足が止まる。

――凛人先輩。

そう思った瞬間、
先輩の前に立っていた女の子が、勢いよく一歩踏み出した。

「好きです!」

周りが一瞬ざわつく。

咲の心臓も、大きく跳ねた。

断るよね。
先輩は、ちゃんと断る。

そう思っていたのに――

女の子は、そのまま先輩の胸に抱きついた。

「……っ」

息が詰まる。

抱きつかれた先輩はすぐに離そうとしている。
ちゃんと困った顔もしている。

それなのに。

目の前の光景を見た瞬間、
胸の奥がじんわり熱くなって、視界が少し滲んだ。

(……あれ、)

指先が小さく震える。

「…お姉ちゃん…」

隣にいた双子の片方の袖を、無意識にぎゅっと掴む。

「私、どうしたらいいの……?」

声が思ったより弱くて、自分でも驚いた。

「彼女じゃないのに……わがまま言うの、違うよね……」

それでも、止められない。

「……“私の先輩に触らないで”って、思っちゃうよ……」

こぼれた言葉に、自分で少しだけ俯いた。

すると、隣から小さく息を吐く音がして――

「……咲。」

桜は、優しく、でもまっすぐな声で言う。

「成瀬を信じな。」

一瞬、言葉が出なくなる。

「わがままでもいいの。」

その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が、少しだけ揺れた。
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