第9章 『 高鳴るふたつの音 』
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ドアの前。
「……もっと、居たかったな……」
その言葉を聞いた瞬間、凛人の胸が強く揺れる。
気づけば、手が伸びていた。
そっと――
咲を抱き寄せる。
突然のことに咲が少し驚いたように体を固くするが、すぐに力が抜ける。
「……先輩」
小さく名前を呼ぶ声。
凛人は少し迷ったあと、静かな声で言った。
「ごめん。嫌だったらすぐ離れる」
「……嫌じゃ、ないです」
その答えに、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「……さっき、『もっと居たかった』って言っただろ」
「……はい」
「俺も、同じこと思ってた」
腕の力は強くない。
それでも、離れがたい気持ちだけははっきり伝わる距離。
「もう少しだけ、このままいい?」
小さく頷くのを感じながら、ほんの短い時間だけそのまま抱きしめる。
ゆっくり腕を離したあと、ほんの一瞬だけ迷って
そっと額に触れる。
「…っ」
「……おやすみ」
「……また、出掛けような。」
咲の目が大きく開いたまま固まる
「……はい」
「おやすみなさい…」
咲が家の中に入っていき、ドアが閉まる。
それを見届けてから、凛人は歩き出した。
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凛人の帰り道
(……おでこにキスした)
歩きながら、さっきの感触を思い出して小さく息を吐く。
(……おでこで止められた)
あの距離で、あの空気で、正直かなり危なかった。
(でも、あれくらいでちょうどいいか)
まだ、付き合ってない。
焦る必要もないし、急ぐつもりもない。
むしろ、少しずつ距離が近づいていくこの時間を、ちゃんと大事にしたいと思った。
(……次、会うときも)
「我慢、できるかな」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟きながら、凛人は夜道をゆっくり歩いていった。