第9章 『 高鳴るふたつの音 』
凛人は、軽く繋いだ手を揺らしながら少しだけ笑った。
「……ほら、お目当てのクラゲ見に行くぞー」
「はーい!」
歩き出すと、水族館の照明は少しずつ暗くなり、青い光のゾーンに入っていく。
クラゲ展示のエリアだった。
大きな円柱型の水槽の中で、白いクラゲたちがゆっくりと浮かんでは沈み、また浮かび上がる。
「……きれい」
咲がぽつりと呟く。
青い光が頬に映って、いつもより少し大人っぽく見えた。
凛人はクラゲよりも、しばらくその横顔を見てしまう。
(……あー、今普通に見とれてた)
慌てて視線を水槽に戻す。
「クラゲ好きって言ってたよな」
「はい。なんか、ぼーっと見てられるので」
「確かに」
二人、並んだまま少しの間黙って水槽を眺める。
静かな空間で、聞こえるのは水の循環音と、遠くの人の小さな話し声だけ。
その静けさの中で、繋いだ手の感覚だけがやけに意識に残る。
(……離すタイミング、もう分かんねぇな)
そう思いながらも、離す気はまったく起きなかった。
すると咲が、少しだけこちらを見上げる。
「たのしい…」
素直な言葉に、口元が緩む。
「たのしいな。」
二人で小さく笑う。
そのまま、自然に視線が合って――
ほんの少しだけ、沈黙。
クラゲの光が揺れる中で、凛人はふっと力を抜いた声で言った。
「……今日は、来てくれてありがとな」
咲は少し驚いた顔をして、それから柔らかく笑う。
「私も、先輩と来れて良かったです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわり温かくなる。
(……やばいな、これ。普通に、ずっと一緒にいたいって思ってる)
凛人はその気持ちを隠すように、水槽へ視線を戻しながら言った。
「じゃあ、次どこ行く? まだ時間あるし」
繋いだ手は、さっきより少しだけ自然に、しっかりと重なっていた。