第8章 『 余裕がなくなる音』
「ごめーん、今日用事あるから一緒に帰れない!」
双子が手を振りながら先に走っていく。
「え、ちょっ――」
気づけば、校門前に残されたのは咲と凛人の二人だけだった。
少し気まずい沈黙。
「……暗いし」
凛人がポケットに手を入れたまま、さりげなく言う。
「送ってく」
「え、でも……」
「危ねぇだろ。いいから」
ぶっきらぼうなのに、歩き出すタイミングは咲の歩幅にきちんと合わせてくる。
その優しさに、咲は小さく「ありがとうございます」と呟いた。
帰り道、商店街の角を曲がったところで、大きなポスターが目に入る。
「あ……」
咲が立ち止まる。
「水族館……クラゲ展だって」
ライトに照らされた透明なクラゲの写真が、幻想的に揺れていた。
「いいなぁ……」
思わず漏れた声。
「明後日までだし」
凛人もポスターを見上げながら言う。
「……一緒にいく?」
一瞬、咲の肩が小さく跳ねた。
「え……」
予想していなかった言葉に、視線が泳ぐ。
「……あの」
指先をぎゅっと握って、少しだけ勇気を出す。
「……先輩と行きたい、です」
言った瞬間、顔が一気に熱くなる。
「い、今のなしで――」
言い終わる前に、凛人が軽く息を吐いた。
「……なしにすんな」
少し低い声。
咲が顔を上げると、凛人はわずかに視線を逸らしながら言う。
「日曜、空けとけ」
「……え」
「俺も」
ほんの一瞬だけ、目が合う。
「……咲と行きたい」
心臓が、どくんと大きく鳴った。
二人はそのまま、少しだけぎこちない沈黙のまま歩き出す。
けれどさっきまでと違って、互いの距離は、ほんの少しだけ近くなっていた。