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『はつこい』

第8章 『 余裕がなくなる音』


体育館の隅、片付けを終えたあと。

少しだけぼんやり立っていたら背後から、軽い足音が近づいた。

「咲」

振り向くと、お姉ちゃんがにこっと笑っている。

「さっきさ」

「ちゃんと、自分の気持ち言えて偉いねー」

ぽん、と優しく頭を撫でられて、咲は少し驚いた顔をする。

「え……」

「だってお前、ああいうの我慢するタイプじゃん」

「嫌だった、ってちゃんと本人に言えるの、すごいと思う」

二人はからかう様子はなく、いつもより少しだけ柔らかい声だった。

「咲ってさ」

「心許した奴にしか、自分の気持ち言わないだろ」

咲が少しだけ目を丸くする。

「だからさ」

「凛人に言えるくらい、ちゃんと心許してるってことだよな」

胸の奥が、少しだけ温かくなる。

言葉にされて初めて、自分でも気づいたような感覚だった。

桜が、もう一度軽く頭を撫でる。

「大丈夫だよ」
「ちゃんと伝わってる顔してたし」
「成瀬と出逢ってからほんと可愛いくなったね。」

蓮も小さく笑った。

「恋ってすげぇーな」
「むしろ、あれ凛人のほうが余裕なくなってたぞ」

咲の頬が少し赤くなる。

さっきのやり取りを思い出して、視線を少しだけ落とす。

それでも、さっきまで胸の中に残っていた不安は、もうほとんど消えていた。
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