第8章 『 余裕がなくなる音』
凛人がコートへ戻ろうとしたところで、もう一度後ろから声が飛んだ。
「なぁ凛人」
振り向かずに「なんだよ」とだけ返す。
蓮が肩を組むようにして小声で言った。
「部員に嫉妬は重症」
もう一人もすぐに続く。
「名前呼びまで解禁は末期」
「……だから違ぇって」
低く返すと、蓮はニヤッと笑う。
「でもさ」
「咲 めっちゃ嬉しそうだったなぁ〜?」
凛人は一瞬だけ言葉を詰まらせ、視線をコートの方へ戻した。
「……うるせぇ」
小さくそう言いながらも、視線の先にいるのはやっぱり咲で。
「はいはい」
「分かりやすい独占欲」
「安心しろ」
「俺ら応援側だから」
「私は可愛い妹を泣かしたらどーしよーかなー」
双子は軽く笑いながら先にコートへ戻っていく。
残された凛人は、ほんの一瞬だけ小さく息を吐いた。
(……名前、呼んだくらいで何言ってんだ)
そう思いながらも、さっき驚いた顔で「はい」と返した咲の表情が、頭から離れなかった。
⸻
(今……名前……)
ボールを拾いながら、咲はさっきの瞬間を何度も思い出していた。
(「岩田妹」じゃなくて……)
胸が少し落ち着かない。
(…2回目…嬉しい)
誰にも聞こえないくらい小さく、心の中で呟く。
(今、名前……呼ばれた……嬉しい)