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『はつこい』

第5章 『 " 普通 " が 動く音』


部活の片付けをしていたとき、体育館の端が少しざわついた。

「大丈夫?」「座って、無理しないで」

聞こえてきた声に視線を向けると、ベンチに座らされた咲が目に入る。
いつもより顔色が悪くて、少しだけ俯いていた。

「……岩田妹?」

名前を呼びながら近づくと、咲が気づいて小さく笑う。

「先輩、すみません。ちょっと立ちくらみしただけで…」

「全然“大丈夫”の顔してないだろ」

思ったより低い声が出て、自分でも少し驚く。
顧問が「今日はもう帰りなさい」と声をかけているのを聞いて、バッグを肩にかけた。

「家、歩いて帰れるか?」

「少し休めば、大丈夫だと思います」

「思う、じゃなくて」
「双子は?」

「お兄ちゃん達、忙しそうだから ちょっと待ってようかなって」

一瞬迷ったけど、すぐに続ける。

「送る」

咲が目を少し大きくした。

「でも、先輩の帰り道と違いますよね…?」

「いいから」

短く言うと、咲は少しだけ迷ったあと、小さくうなずいた。

「……お願いします」



外に出ると、夕方の風が少し冷たい。
咲の歩く速さに合わせて、自然と歩幅もゆっくりになる。

「ちゃんと水分取った?」

「はい…さっき少しだけ」

「昼は?」

「…お腹すいてなく…少なめでした」

小さくため息が漏れる。

「だからだろ。無理すんなよ」

そう言うと、咲が少しだけ申し訳なさそうに笑った。

「すみません。迷惑かけて」

「迷惑じゃない」

即答してから、少しだけ言い方が強かったかと思う。

「……あの時、俺が気づいてたら良かった。」

咲が少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。

「先輩、優しいですね」

「普通だろ」

そう返しながらも、さっきより少しだけ距離を近く歩く。
人通りの多い道に出たとき、無意識に車道側へ立っている自分に気づいて、少しだけ苦笑する。

しばらく歩くと、咲の歩くペースがほんの少し遅くなった。

「大丈夫か?」

「はい、でも少しだけ……ゆっくり歩いてもいいですか?」

「最初からそのつもり」
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