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『はつこい』

第5章 『 " 普通 " が 動く音』


移動教室からの帰り途中、廊下の角を曲がったところで、見慣れた姿が目に入った。

咲が、同じクラスらしい男子と立ち話をしている。
特別近い距離でもないし、普通に笑っているだけ。
それなのに、なぜか足が一瞬止まった。

(……別に、ただ話してるだけだろ)

そう思いながら歩き出すけど、視界の端にその光景が残る。
男子が何か言って、咲が少し笑ってうなずく。

理由はわからない。
けど、なんとなく胸の奥が落ち着かない。

男子がどっか行き、ひとりになった咲に

「お疲れ」

声をかけると、咲がぱっと振り向く。

「あ、先輩。さっきはジャージありがとうございました」

「別に」

短く返して、何気ない顔のまま続けようとして――少しだけ迷う。

(聞く必要、ないだろ)

そう思ったのに、気づけば口が動いていた。

「さっき」

「はい?」

「……誰と話してた?」

言ったあとで、自分でも少し不思議になる。
別に、聞く理由なんてない。

咲はきょとんとしたあと、すぐに答えた。

「クラスの子です。体育の班の確認してて」

「……そっか」

それだけ聞いて、小さくうなずく。

理由が分かっただけなのに、胸の奥の引っかかりが少しだけ軽くなる。

咲が首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「いや、別に」

そう言いながら、少しだけ視線を逸らす。

(なんで、わざわざ聞いたんだ)

自分でもよくわからないまま、バッグを肩にかけ直す。

――こういうのも、普通って言えるのか。

小さく息を吐きながら、何も言わずに廊下を歩き出した。
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