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『はつこい』

第5章 『 " 普通 " が 動く音』


昼休み、廊下に出たところで、少し慌ただしい声が聞こえた。

「え、ないの?」
「今日は持ってきてない」

声の方を見ると、咲が双子の前で少し困った顔をしている。

「どうした?」

蓮が振り向いた。

「ああ凛人、ちょうどいい。ジャージ持ってる? 咲、今日忘れたらしくて」

「……持ってるけど」

そう答えた瞬間、咲が少しだけ申し訳なさそうにこちらを見た。

「すみません、借りてもいいですか…?」

断る理由もない。
バッグの中から畳んだジャージを取り出して渡す。

「別にいいけど、サイズでかいぞ」

「ありがとうございます」

受け取った咲は、ほっとしたように笑った。

そのまま更衣室の方へ小走りで行く背中を、なんとなく目で追う。

――数分後。

移動教室のため、ノロノロ歩いてると

体育館前で友達と話している咲の姿が目に入った。

少し大きめのジャージの袖を、萌え袖みたいに手の先まで隠している。
サイズが合っていないせいで、肩も少しだけ落ちていて――

(……俺の、か)

ただそれだけのことなのに、妙に視線が外せなくなる。

蓮が横で小さく笑った。

「似合ってるじゃん」
「彼ジャー」

「……うっせえ」

短く返しながらも、胸の奥に小さな感覚が残る。

誰のでもよかったはずなのに、
自分のを着ているってだけで、少しだけ落ち着く。

(……別に、普通だろ)

そう思いながらもう一度見ると、
咲が袖を少し気にするように直して、友達に何か言って笑った。

その姿を見て、なぜかほんの少しだけ――
優越感みたいなものが、静かに残った。
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