第4章 『近づく恋の音』
教室の窓際の席は、特に理由があるわけじゃない。
ただ空いていたから座っただけ――そのはずだった。
何気なく外に目を向けたとき、視線が止まる。
グラウンドで体育をしている集団の中に、見慣れた姿があった。
咲だ。
走り終わったのか、軽く息を整えながら、近くにいた男子と何か話している。
相手が何を言ったのかは聞こえないが、咲は少し笑って、頷いた。
その様子を見ていただけ。
それだけのはずなのに、胸の奥がわずかにざわつく。
――別に。
凛人は視線を外そうとして、机の上のプリントに目を落とした。
次の授業の配布物。内容もまだほとんど見ていない。
窓の外では、また笛が鳴り、咲たちが動き出す。
視界の端に、その姿がどうしても入ってくる。
男子がボールを渡し、咲がそれを受け取る。
少しだけ近い距離で、また何か言葉を交わしている。
その瞬間、無意識に指先に力が入った。
くしゃ、と小さな音がして、手の中のプリントの端がわずかに歪む。
自分でも、何をしているのか一瞬分からなかった。
「……何やってんだ、俺」
小さく呟き、凛人は手を緩める。
軽く皺の寄った紙を見下ろし、ため息をひとつ吐いた。
別に、あいつが誰と話していようが関係ない。
同じ部活で、同じ学校で。それだけのことだ。
そう思い直しながら、もう一度窓の外を見る。
ちょうどそのとき、咲が顔を上げた。
遠くからでも分かるくらい、少し真剣な表情で前を向いている。
(こっちみろ。)
笛が鳴り、次のメニューが始まった。
走り出す背中を目で追いかけてから、凛人はようやく視線を机に戻す。
さっきまで気にもしていなかったプリントの文字を、今度こそちゃんと読もうとしたが、
頭に入ってくるのは、インクの並びじゃない。
グラウンドで笑っていた、あの横顔ばかりだった。
そう思いながら、もう一度窓の外を見る。
ちょうどそのとき、咲が顔を上げた。
一瞬、視線が合う。
距離があるはずなのに、なぜか目を逸らすタイミングが分からなくて、
凛人はわずかに眉を寄せた。
先に視線を外したのは、自分の方だった。
何事もなかったように机へ目を落とし、
軽く皺の寄ったプリントの端を、指先でなぞる。
「……何やってんだ、俺」
また、小さく呟く。