第10章 欲しがる者と与えるモノ
病室の重苦しい静寂を破ったのは、鋭い足音と共に現れた相澤だった。
扉が開いた瞬間、相澤の眉間に深い皺が刻まれる。
空気中に澱む、甘いミルクの香りと濃厚な精の残り香。
そして、いつの間にか元の体型に戻り、気まずそうにの隣に座るファットの姿。
「……ファットガム。これは、どういう状況だ」
相澤の声は低く、地を這うような冷徹さを帯びていた。
「っ……イレイザー!!いや、これは……その……っ!」
ファットは弾かれたようにベッドから飛び退くと、床に額を擦り付ける勢いで深々と頭を下げた。
「すまん! ほんまに、言い訳のしようもない! 俺は、雄英の……大事な教え子に、手を出してしもた! どんな罰でも受ける、ヒーローを辞めろと言われれば即座に辞める! ほんまに、申し訳ありませんでしたッ!!」
巨体を震わせ、必死に謝罪するファット。
その全力の土下座に、相澤の瞳には「抹消」の赤い光が灯りかけた。
「……一週間の地獄から救い出したばかりの生徒に、プロが何をしている。正気か」
「……先生、待って!」
殺気立つ相澤を遮るように、がベッドの上で声を上げた。
彼女は乱れた病院着の襟元を抑えながら、相澤を真っ直ぐに見つめる。
「ファットさんは悪くないの! 私が……私が、お願いしたの。身体がずっと変な感じで、熱くて、怖くて……。助けてって言ったのは、私。……ファットさんは、私を助けてくれただけなんだよ」
「、お前……」
「わかってる。プロとして、先生として、許せないことだって。でも、あのまま一人だったら、私は自分の身体が怖くて壊れてた。……だから、ファットさんを責めないで。お願い、先生」
は必死に彼を庇い、相澤に縋った。
沈黙が流れる。
相澤は目を閉じ、深くため息をついた。
治崎による過酷な「開発」と媚薬の投与。
その医学的な後遺症がどれほどのものか、報告書を読んだ相澤には分かっていた。