第3章 影を操る彼は彼女を隠したい 【呪術廻戦 伏黒恵】
あの日、部屋で想いを通じ合わせてから、伏黒といのりの空気は劇的に変わった。
「……おい、伏黒。お前、なんか最近顔が緩んでねーか?」
「はぁ? 変わってないだろ」
虎杖がニヤニヤしながら問い詰めると、伏黒は平然と答えるが、その隣でいのりは顔を真っ赤にして俯いた。
「嘘ね! 任務帰り、いのりの髪に付いたゴミ取ってやる時の手つきが、もう優しすぎて吐き気がしたわよ!」
野薔薇がメガホンばりの声で揶揄うと、いのりは「野薔薇ちゃん、もうやめて……っ」と耳まで真っ赤にする。
伏黒はそんな彼女を庇うように、さりげなく肩を寄せた。
「付き合ってるんだから、別にいいだろ」
「うおっ、堂々と言いやがった!」
「男前すぎて逆にムカつくわね!」
虎杖が笑いながらいのりの背中を叩こうとした瞬間、伏黒の目が鋭く光る。
いのりの首筋にある宿儺の噛み跡が、時折、虎杖の内側に眠る「呪いの王」に呼応するように疼くことを、伏黒は誰よりも警戒していた。
「虎杖、あまり触れるな。……こいつは、俺のなんだ」
「わ、わかったって! 怖いな、伏黒!」
そんな賑やかで少し甘い日常が、ずっと続くのだと思っていた。
数日後、二人は山間部にある廃寺での任務に就いていた。
「恵くん、左から来てるよ!」
「ああ、見えてる。——『鵺』!」
連携は完璧だった。
最後の一体を祓い終え、いのりがふぅ、と小さく息を吐いたそのときだった。
伏黒が歩み寄ろうとした時、突如、悍ましい程の数の触手が彼女に向かって伸びた。
「え……?」
「いのり、避けろ!!」
伏黒の叫びよりも早く、異質な呪力を持った触手がいのりを包み込む。
それは隠れていた別の、より狡猾な呪霊だった。
「恵くん——っ!」
「しまっ……! 待て!!」
伏黒が影を伸ばすが、呪霊はいのりを絡みとると空間を歪ませるようにして闇の中へと消えていく。
「っ、いのり!!返せ、返せよッ!!」
伏黒の怒号が静かな廃寺に響き渡る。
その瞳に宿ったのは、かつてないほどの激しい焦燥と、彼女を奪った者への底知れない殺意だった。
「……絶対に見つけ出す。待ってろ、いのり」
影が嵐のように荒れ狂い、伏黒は彼女を取り戻すため、迷いなく闇の深淵へと足を踏み入れた。