第3章 影を操る彼は彼女を隠したい 【呪術廻戦 伏黒恵】
高専の自室に戻っても、彼女の震えは止まらなかった。
直哉の残した言葉が、冷たい毒のように彼女の身体を侵食し続けている。
「……、……っ……」
小さく震えるいのり。
伏黒は躊躇うことなく、その細い肩を抱き寄せた。
だが、彼女は弾かれたようにその胸を押し返そうとする。
「だめ、恵くん……触らないで! 汚い……私、あの人の言う通り、汚いんだよ……っ」
涙が溢れ、床に滴り落ちる。
一番知られたくなかった地獄。
大切で、大好きだからこそ、自分が「使い古しの道具」として扱われていた過去なんて、彼にだけは絶対に知られたくなかった。
「……汚くない」
伏黒は拒絶を許さず、力強く、けれど壊れ物を扱うような優しさで彼女を腕の中に閉じ込めた。
「嫌だ……聞かないで、見ないで……! 私、恵くんの隣にいる資格なんて……」
「資格なんて、俺が決める。……他人の言葉で、自分を貶めるな」
伏黒は彼女の耳元で、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
彼の心音が彼女の全身に伝わっていく。
「いいか、よく聞け。あいつが何を言おうと、お前が過去に何をされたとしても、俺の前にお前がいる事実は変わらない。……俺が救われたのは、あいつに怯えるお前じゃなくて、俺の隣で笑って、一緒に戦ってくれたお前なんだ」
「……恵くん……」
「お前は道具じゃない。俺を……俺をここまで変えた、誰よりも大切な人だ。……それ以外、何の価値もいらない」
伏黒は、彼女の顔をそっと両手で包み込み、涙で濡れた頬を親指でなぞり、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……怖かったよな。一人で、ずっと…………好きだ、もう、誰にもお前を渡さない」
「……っ、!」
その一言で、彼女の張り詰めていた糸が切れた。
いのりは伏黒の制服の胸元に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
今まで誰にも言えなかった恐怖、絶望、そして彼に嫌われるのが怖かったという思いと、心の奥に隠してた本音すべて涙と一緒に吐き出した。
「うっ……っ! 恵くん……私も、好きなのっ……恵の事…ずっと前から…っ」
「ああ、……知ってた。……俺がずっと、抱きしめててやるから…今は、好きなだけ泣け」
伏黒は彼女の後頭部を優しく撫で、時折、愛おしさに耐えかねたようにその頭に唇を寄せた。