第3章 影を操る彼は彼女を隠したい 【呪術廻戦 伏黒恵】
境界を超え八十八橋の結界に足を踏み入れた直後、事態は最悪の転回を見せた。
突如として現れた「壊相」により虎杖が別件の対処に奔走し、さらに野薔薇までもが結界の外へと引きずり出されてしまう。
残されたのは、伏黒といのりの二人だけ。
「……あ……」
目の前には、圧倒的なプレッシャーを放つ呪霊。
攻撃を仕掛ける間もなく、不可視の衝撃が二人を襲った。
「恵くん!!」
「いのり、後ろにいろ!!」
伏黒は自らの体を盾にして彼女を庇うが、特級の容赦ない一撃が伏黒を捉えた。
伏黒の体が派手に吹き飛ばされる。
「恵くん! 嫌、起きて……!!」
いのりが血を流して倒れる伏黒のもとへ駆け寄った。
朦朧とする意識の中、伏黒の視界に映ったのは、恐怖に震えながらも自分を懸命に抱き起こそうとする彼女の姿だった。
(……ダメだ。このままじゃ、俺も、こいつも死ぬ。……やるしかないのか。『布瑠部……』)
最強の切り札。
その呪文が口を突きかけたその時。
五条悟の「もっと自由に、限界を決めない自分を想像しろ」という言葉が、激痛と共に脳裏を弾けた。
「……あは、ははっ」
伏黒の唇から、乾いた笑いが漏れる。
心配そうに顔を覗き込むいのりの肩を、伏黒は力強く掴み、そのまま自分の背中側へと力任せに引き寄せた。
「恵くん……?」
「……下がってろ、いのり。……今から見せてやる」
伏黒は立ち上がり、狂気すら孕んだ笑みを浮かべて印を結んだ。
彼女と、自分と、姉の明日を掴み取るための暴走。
影が、底なしの深淵となって足元から溢れ出す。
「領域展開——『嵌合暗翳庭』!!」
一面がドロりとした漆黒の闇に飲み込まれていく。
「なっ、何これ……! 恵くん、これ……!」
驚愕するいのりを背中に感じながら、伏黒は影の中から無数の式神を溢れさせた。
「不完全だ。……だが、今はこれで十分だ!!」
漆黒の影が特級呪霊の足を絡め取り、伏黒の意志に従って牙を剥く。
一歩も引かないという確固たる意志。
いのりは、かつてないほど禍々しく、そして誰よりも頼もしい伏黒の背中を見つめ、震える手で自らの呪具を強く握りしめた。
「私も……私も、一緒に戦うよ、恵くん!!」
「……ああ。……行くぞ!!」
影の海の中で、二人の決意が共鳴し、絶望を塗り潰していった。
