第1章 禪院家の落ちこぼれは… 【呪術廻戦 禪院直哉】
禪院家の朝は、何事もなかったかのように静謐で、冷酷だ。
彼女の身体には、まだ直哉の強引な指の痕や、消えることのない熱の疼きが、生々しい傷跡のように残っていた。
薄暗い部屋の中で目を覚ますと、隣に熱は残っていなかった。
昨夜、あれほどまでに彼女を蹂躙し、壊れんばかりに突き上げていた男は、満足すればゴミでも捨てるかのように、彼女を放置して去っていく。
シーツに広がる乾いた汚れと、身体の奥に残る異物感。
いのりは重い身体を引き摺り、震える手で小さな錠剤を口に含んだ。
「……苦い」
直哉の種を宿さぬよう、毎日飲み続けている薬。
中出しされるたびに、この薬が自分の「女」としての尊厳をかろうじて繋ぎ止めているような、あるいはもっと深い奈落へ突き落としているような、奇妙な感覚に陥る。
もしこの薬を飲まなければ、自分は完全に彼に支配され、禪院家という檻から一生出られなくなる。
そんな恐怖が、彼女の胸を締め付けた。
鏡に映る自分は、幽霊のように青白い。
首筋に残る鬱血した痕を隠すように、いのりは制服の襟を正した。
(このままじゃ、本当に壊れる……)
「落ちこぼれ」と蔑まれ、直哉の慰み者として浪費される日々。
彼にとって、自分はただの都合のいい器に過ぎない。
犯されている最中の、あの蔑むような、けれど執着に満ちた瞳を思い出すだけで、吐き気が込み上げた。
いのりは、握りしめた拳を震わせながら、隠し持っていた書類を見つめた。
『東京都立呪術高等専門学校』
そこは、この腐りきった禪院家から最も遠く、唯一の逃げ道だった。
たとえ実力不足だと笑われても、あそこへ行けば、直哉の手の届かない場所へ行けるかもしれない。
窓の外では、静かに雪が降り始めていた。
すべてを白く塗りつぶす雪は美しいが、いのりの心に積もった絶望までは消してくれない。
「……さよなら、直哉さん」
呟いた声は、冷たい空気の中に消えた。
愛されていると勘違いしたことなど、一度もない。
春になれば、自分はこの地獄を去る。
たとえそれが、呪術師としての過酷な道であっても、誰かの所有物として擦り切れていくよりは、ずっとマシだと思えた。
東京の高専へ。
それはいのりにとって、たったひとつの「自分を取り戻すための反逆」だった。