第3章 影を操る彼は彼女を隠したい 【呪術廻戦 伏黒恵】
「……まだ、いける。まだ……っ!」
高専の敷地内で、いのりはボロボロになるまで一人特訓していた。
弱ければ、また誰かを失う。
宿儺に付けられた首筋の噛み跡が、熱を持ったようにズキズキと疼く。
「……そこまでにしろ」
背後から伸びてきた大きな手が、彼女の手首を優しく、けれど拒めない強さで掴んだ。
振り返ると、そこには伏黒が立っていた。
彼もまた、虎杖を失った痛みをその瞳の奥に沈めている。
「恵くん……。でも、私、もっと強くならないと……」
「わかってる。だが、お前が壊れたら、俺は誰と一緒にあいつの席を守ればいいんだ」
伏黒は一歩踏み込むと、震えるいのりを包み込むように抱き寄せた。
彼の心音と、少しだけ荒い吐息が耳元に届く。
「……焦るな。お前は、俺が守る。お前が強くなるまで、何度でも俺が支えてやるから」
その不器用で、ひどく甘い誓いに、いのりは彼の胸に顔を埋めて声を殺して泣いた。
そして迎えた、京都校との交流試合。
死んだはずの虎杖悠仁が、馬鹿げたサプライズと共に目の前に現れた時、世界に色が戻った気がした。
「っ、…虎杖くん…!!」
駆け寄ったいのりは、周りの目も気にせず虎杖の胸に飛び込んだ。
生きてる、その事実に、堪えていた涙が溢れて止まらない。
「うわっ、いのり! 泣くなって、元気だったか?」
「バカ……!ずっと待ってたんだから……っ!」
泣きじゃくる彼女の姿を、少し離れた場所から見ていた伏黒の唇から、ようやく長い溜息が漏れた。
(……やっと、笑ったな)
これまで一度も心からの笑顔を見せなかった彼女。
虎杖の生存に心底安堵し、泣き笑う彼女の横顔を見つめながら、伏黒は自分でも気づかないほど柔らかな表情を浮かべていた。
「おい、いつまで抱き合ってんだ。試合が始まるぞ」
ぶっきらぼうに二人の間に割って入った伏黒だったが、その手はさりげなくいのりの腰に添えられ、彼女を自分の方へと引き寄せる。
伏黒は指先で彼女の涙をそっと拭うと、耳元でだけ聞こえる小さな声で囁いた。
「……これからは四人だ。お前の笑顔を、もう絶やさせない」
その言葉は、初夏の風に乗って、甘く、けれど誰にも壊せない契約のようにいのりの胸に深く刻まれた。