第3章 影を操る彼は彼女を隠したい 【呪術廻戦 伏黒恵】
少年院の外、激しい雨がすべてを洗い流そうと降り注いでいた。
横たわる特級呪霊の死体。
そこに立っていたのは虎杖ではなく、呪いの王の宿儺だった。
「……恵くん、あれ…」
いのりが震える声で呟く。
隣に立つ伏黒の表情は、これまでに見たことがないほど絶望に染まっていた。
虎杖の心臓は、宿儺の手に握られ、無造作に放り捨てられている。
宿儺の冷酷な視線が伏黒を射抜き、隣に立つ、震えるいのりへと移った。
「ほう……。脆弱だな。羽虫か」
宿儺が嘲笑いながら、瞬きする間に間合いを詰める。
伏黒が叫ぶよりも早く、宿儺の指先がいのりの顎を強引に掬い上げた。
「っ、あ……」
恐怖で心臓が止まりそうになる。
宿儺の口角が、不気味に釣り上がる。
「気に入った。その、分不相応な眼」
「離せ……! 彼女に触るな!」
伏黒が影を練ろうとした瞬間、宿儺はいのりの首筋に顔を寄せた。
鋭い牙が、柔らかな皮膚を深々と貫く。
「あ、がっ……!」
熱く焼けるような痛みが走り、彼女の視界が火花を散らす。
宿儺は彼女の血を味わうように舌を這わせると、耳元で低く、愉悦に満ちた声を残した。
「これは証だ。貴様は俺が喰らうその日まで、勝手に死ぬことは許さん」
虎杖は地面に崩れ落ち、その鼓動は止まっていた。
「……虎杖……おい、虎杖!」
伏黒の悲痛な叫びが、雨音に消えていく。
高専へ戻り、いのりは首筋に巻かれた包帯をそっと押さえた。
呪印となって刻まれた噛み跡が、今もなお拍動に合わせて熱を持っている。
あまりに巨大で悍ましい存在に「所有」された証。
「……ごめん。私が、捕まったから」
「……お前のせいじゃない。俺が、あいつを救えなかったのが悪い」
伏黒の声は掠れ、その拳は血が滲むほど固く握られていた。
二ヶ月間、少しずつ積み上げてきた四人の絆が、一人の死によって砕け散った。
「……強くなろう、恵くん」
いのりは、消えない傷跡を抱えながら、伏黒の震える手に自分の手を重ねた。
「こんなの、もう嫌だよ。……誰も、死なせたくない」
彼女の首筋に刻まれた呪印が、まるで嘲笑うかのように鈍く疼いた。
虎杖を失った深い悲しみと、宿儺に付けられた禍々しい印。
二人は地獄のような現実を噛み締めながら、暗闇の中を、ただ寄り添って耐えていた。
