第3章 影を操る彼は彼女を隠したい 【呪術廻戦 伏黒恵】
呪術高専のグラウンドに、乾いた打撃音が響く。
二ヶ月前なら、数分で息を切らして座り込んでいたいのりだったが、今は違う。
汗にまみれ、膝を震わせながらも、彼女は伏黒の放つ木刀を寸前で受け流した。
「……っ、よし!」
「……甘い」
直後、伏黒の足払いが容赦なく彼女の姿勢を崩す。
地面に転がったいのりは、悔しそうに天を仰いだ。
「あー……あと少しだったのに。ねえ恵くん、今のは惜しくなかった?」
「惜しいだけで死ぬのが呪術師だ。……けど、身体強化の呪力操作、前よりはマシになってる」
そう言って、伏黒は無造作にスポーツ飲料のボトルを投げ渡した。
受け取ったいのりが「ありがと」と笑うと、彼は気恥ずかしそうに視線を逸らす。
この二ヶ月、任務と特訓を繰り返す中で、二人の空気は確実に変わっていた。
最初の頃は、敬語で壁を作っていたのが嘘のように、今は互いの呼吸がわかる。
「おやおや、今日も仲良しだねぇ。青春してるね!」
上空から降ってきた能天気な声に、二人は同時に肩を震わせた。
校舎の二階から身を乗り出しているのは、二年生の禪院真希とパンダだ。
「真希さん、パンダ先輩……。変な言い方しないでください」
伏黒が露骨に嫌そうな顔をする。
「まあまあ。恵が自分から誰かの特訓に付き合うなんて珍しいからな。愛のムチか?」
パンダがニヤニヤしながら、太い腕を組む。
「違います。こいつが放っておくと勝手に無茶して死にそうだから、最低限の自衛を教えてるだけです」
「あはは……。私、そんなに心配されてるんだ?」
「……うるさい。さっさと立て、次だ」
先輩たちの冷やかしを背に、二人は再び向かい合う。
いのりは、伏黒がときどき見せる、鋭いけれど温かい視線が好きだった。
呪力が弱くても、家柄がなくても。
伏黒は彼女を「一人の術師」として、対等に見ようとしてくれている。
「……恵くん」
「なんだ」
「私、ここに来てよかった。君に会えて、本当によかったよ」
真っ直ぐな言葉に、伏黒は構えていた木刀をわずかに揺らした。
彼は溜息をつき、乱暴に自分の頭を掻く。
「……重いんだよ、お前は。……いくぞ、次は本気でいくからな」
その言葉とは裏腹に、彼が繰り出す最初の一撃は、彼女が一番合わせやすい角度で振り下ろされた。
