第2章 現代最強は彼女を手放さない 【呪術廻戦 五条悟】
焼肉の夜から数ヶ月、いのりは五条の厳しい——そして過剰に甘い——指導の下で、着実に術師としての歩みを進めていた。
かつて禪院の本家で、直哉から「女は胎として、男の三歩後ろを歩いていればいい」と虐げられ、高校三年間を陵辱の中で過ごした彼女にとって、自分の足で立ち、呪霊を祓う今の生活は奇跡のような毎日だった。
しかし、その「自立」への代償は、時として残酷な形で訪れた。
地方の廃村で行われた任務。
想定外の一級呪霊の出現により、いのりは深く脇腹を切り裂かれた。
現場に駆けつけた五条が目にしたのは、血に染まって地面に倒れ伏す、愛しい教え子の姿だった。
五条悟という男は、自分の感情をすべてコントロールできているつもりだった。
禪院家から逃げてきたいのりを拾ったのも、最初は単なる気まぐれと、そして少しばかりの同情だったはずだった。
けれど、血に染まって地面に横たわる彼女を見た瞬間、彼の中の「最強」という理性が音を立てて崩れ去った。
「……あ、先生……。ごめんなさい……やっぱり、私、落ちこぼれ、だった……」
虚ろな瞳で笑ういのり。
その脇腹から溢れる赤が、五条の視界を焼き尽くした。
次の瞬間、現場にいた呪霊は、悲鳴を上げる暇さえ与えられずに虚空へと消し飛ばされた。
それは「祓う」という洗練された行為ではなく、ただの怒りに任せた蹂躙だった。
「……何やってんだ、僕は」
五条は震える手でいのりを抱き上げた。
心臓がうるさいほどに脈打っていた。
六眼が捉える情報のすべてが、彼女の命の灯火が弱まっていることを告げていた。
今まで、数え切れないほどの死を見てきた。
けれど、この小さな体が冷たくなる想像をしただけで、指先が凍りつくような恐怖を覚えたのは、人生で初めてだった。