第1章 君を追いかける 相手 :相澤消太
ヴィランを捕縛布で拘束し、警察への引き渡しを終えた路地裏。
相澤は荒い呼吸を整えながら、胸ポケットで震え続けていたスマホを取り出した。
画面に表示されたのは、マイクからのメッセージと一枚の写真。
そこには、自分には見せたことのないような、不安と安堵が混ざった複雑な笑顔を浮かべる🌸の姿があった。
「……あいつ、何やってんだ」
低く呟いた声が、冷えた壁に反響する。
マイクの「俺がもらった」という軽口よりも、その隣で🌸が無理に笑っているという事実が、ナイフのように相澤の胸を抉った。
本当は、彼女が家を飛び出した瞬間に追いかけたかった。
ドアが閉まる音、廊下を駆けていく足音、それが遠ざかるたび、相澤の心臓は「行け」と警鐘を鳴らしていた。
もし自分がただの男なら、靴も履かずに彼女の腕を掴み、そのまま抱きしめて「行かせない」と言えただろう。
だが、彼はプロヒーローだ。
その一歩を踏み出す代わりに、彼は震える手で装備を整え、現場へと背を向けた。
守るべき市民と、愛する一人の女性。
天秤にかけること自体が残酷だと知りながら、彼は常に「正解」を選び続けてきた。
それが彼女をどれほど深く傷つけるかも、分かっていたはずなのに。
(……一周年か)
1ヶ月前から、彼女がカレンダーに赤い丸をつけていたのを知っている。
「消太くん、お仕事頑張ってるから」と、最近ろくにデートもできていない自分に文句ひとつ言わず、せっせと旅行の準備をしていた彼女。
楽しそうにガイドブックをめくる指先を、愛おしいと思いながら眺めていた。
それなのに、自分はまた彼女を「後回し」にした。
合理性という言葉で自分の不甲斐なさを塗りつぶし、一人で泣かせることを選んだ。
『すぐ終わらせる』
あんな傲慢な言葉、よく送れたものだ。
彼女が欲しかったのは、そんな短いテキストではなく、自分の体温だったというのに。
相澤はスマホを握りしめ、ふいっと顔を上げた。
(山田、そのままどっかへ連れていく気なら……ただじゃ済まさないぞ)
「……すぐに片付ける」
彼は誰に言うでもなくそう吐き捨てる。
申し訳なさと、彼女を誰の手にも触れさせたくないという剥き出しの独占欲が、焦燥感となって彼を突き動かす。
今の相澤消太には、合理性など微塵も残っていなかった。