第5章 触れた過去の余韻
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小学生になってあまり月日が経っていない頃――教養がある程度、身につけた頃だった。
禪院家へ両親に連れられていき、そこで見かけた――ある少年。
高校生くらいの、あどけなさが残る…お兄ちゃん。
大人たちは私をその少年に預けて、難しい話をしていたと思う。
「こんにちは。
十六夜葉月です」
ブンッと音が鳴りそうなほど勢いよく頭を下げる。
「プッ…ふははっ!
頭、取れてまうで。
―――禪院直哉や。よろしゅう」
優しそうな面白いお兄ちゃんだと思った。
でも――庭で遊んでいると転んでしまい、前日に雨が降った地面はぬかるんで、泥水が直哉くんの裾に飛んだ。
その瞬間、空気がピリついた。
子供ながらに私はそれを感じとって、すぐに謝る。
だけど…直哉くんは許してくれなかった。
お腹を蹴られ倒れると、腕を踏まれる。
折れたり、ヒビが入るような強さではなかったけど、すごく痛かったのを覚えている。
何度も謝って、「やめて」と泣いた。
「子供やからって、許される思うん?
ちゃんと教えなあかんな。
誰に何をしたか――
禪院家次期当主に泥塗ったんやで?」
「ごめんなさっ…ごめんなさい!ゆるして…」
ある程度甚振って満足したのか、優しい笑顔に戻った。
私を抱っこして立たせる。
顔についた泥や涙を拭ってくれた。
「堪忍。
もうやったらあかんで?
ええ子にしとったら、そのうち気持ちええこと教えたる」
優しかった。
その優しさに私は、いつも怒られたことを忘れる。
会う度に同じように怒られて、同じように撫でてくれる。
直哉くんは優しい人。
だから、大好きだった。
中2のあの日、"ええ子やし、教えたる"と、部屋に連れていかれたんだ。
でも教えられたのは――恐怖と羞恥心だけだった。
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