第3章 交錯する想い
「…1回出る。バスタオル置いてるから、ちゃんと拭けよ」
「……」
喉まで言葉がせり上がり、いったん飲み込む。
それでも、気づけば口が先に動いていた。
「……行かないで、」
「は?………いや、でも」
「そこに居て、…おねがい」
今は一瞬でも1人になりたくなかった。
恵くんは嫌だろうと頭でわかっていても、脳に染み付いた記憶が、音や匂いと一緒に一気に蘇るのが、怖かった。
「…身体、冷えるだろ。目ぇ瞑ってるから……出てこい」
「……うん」
沈黙の後、ガラス越しの影が動いたと思えばそう告げられる。
ドアノブを引いて脱衣所へ出ると、目を閉じたまま、バスタオルを広げて立っている恵くんの姿があった。
その不器用な配慮に身を委ねるように、私はバスタオルの中へと身体を寄せる。
額を恵くんの胸に預けると、一瞬だけ、呼吸が止まったのが分かる。
「……巻くぞ」
「うん」
「……目、開けていいか」
「……うん」
長い睫毛に守られていた瞼が持ち上がり、紺色の瞳が現れるまで、私は目を逸らさなかった。
「……あんま、見んな」
「それ、恵くんが言うの?」
「……………」
耳まで赤く染まった表情が新鮮で、可笑しくて、愛おしい。
それでも、腕は緩められないままだ。
「あったかい……」
冷水で冷えきったはずの身体なのに、恵くんの腕の中だけは、確かに温かかった。
「……いつまで、こうしてればいい」
「……もうちょっと」
「身体、冷たくなってんぞ」
居心地は悪いはずなのに、離れろとは言わない。
恵くんがどれだけ優しい人なのか——それを一番よく知っているのは、きっと私だ。