第3章 交錯する想い
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ポタリ、ポタリと雫が落ち、風呂場に反響する。
その規則正しい音だけが、やけに現実味を持って耳に残った。
背後から私の腕を掴んでいる手の主が誰なのかは、考えるまでもない。
「……めぐみ、くん」
「ああ」
小さく名を呼ぶと、恵くんは低く、けれど柔らかな声音で返事をくれる。
その声を聞いた途端、今まで意識の外に押しやっていたはずの痛みが、じわりと浮かび上がってきた。
「身体……流せるか」
「……うん」
「水の方が……あんまり痛まねぇと、思う」
「……ありがとう」
少し迷ってから、シャワーの温度を落とす。
冷たい水が肌を打つと、傷の感覚が鈍り、泡を流すのが少しだけ楽になった。
恵くんは、一度だけ風呂場の外へ出ていった。
磨りガラス越しにぼんやりと映る影を見ていると、張りつめていた心が、少しずつ緩んでいく。
「……あの……ごめんね」
泡を流し終えてシャワーを止め、ガラスの向こうの影を、指先でなぞる。
貴方の意思を縛ったこと。
私のせいで、人を殴らせたこと。
そして、優しさで伸ばしてくれた手を、振り払ったこと。
「……いや、謝るのは俺の方だろ」
返ってきた声は、思っていたよりも近くに感じた。
「俺がちゃんと理由を説明してれば、今日のことは全部なかったはずなんだ」
喉の奥から押し出すような声だった。
抑え込んだ感情が、微かに滲んでいる。
「……それは、違うと思う」
自分でも驚くほど、静かな声が風呂場に落ちた。
「いつかきっと、今日みたいなことは起きてた。
それが、たまたま今日だっただけ」
恵くんは優しい。
誰かが傷ついた時、まず自分を疑ってしまう人だ。
「私は、今日でよかったって、思ってるよ」
少しだけ間を置いて、そう言った。
これは慰めでもなんでもない。ただの本心。
貴方が来てくれた、貴方が居たから救われた。それが伝わればいいと思った。