第3章 交錯する想い
巫女がどれだけ説得を試みようと、大蛇は止まらなかった。
畑を踏み荒らし、家を壊し、清らかな川に身を沈め、鱗についた泥を洗い落とす。
それでも巫女は、術を行使しなかった。
最後まで、言葉による解決を望んでいたのだ。
……しかし。
ある一人の村人が、ついに堪えきれなくなった。
畑を耕すための桑を振り上げ、その先を、大蛇の尾へと投げつけた。
鈍い音とともにそれは見事に命中し、紫色の体液が大蛇の尾からどろりと溢れ落ちる。
その瞬間。
『……人間風情が、我に手を出すか』
今まで一言も発しなかった大蛇が、村中に響き渡るほどの低く重い声で初めて言葉を零した。
ゆっくりと巨体が反転し、
その漆黒の瞳が、まるでその一人一人を裁くかのように恐怖に凍りついた村人たちを捉える。
村人たちはただ震え上がることしかできなかった。逃げようにも、声を上げようにも、身体が言うことを利かない。
恐怖が、骨の奥まで縫い止めていたのだ。
大蛇は己の尾を傷つけた村人へと視線を向け、細められた漆黒の双眸は冷酷に標的を定めた。
傷ついていたはずの尾がゆっくりと持ち上がり、村人に影を落とす。
──終わった。
誰もが、そう確信した瞬間だった。
『これ以上、村を傷つけるのであれば──容赦はいたしません』
静かな声が戦慄の中に差し込まれた。
今まで一度も大蛇に刃を向けなかった巫女が、
ついに呪術を行使し、大蛇の尾を断ち切ったのだ。
紫色の体液が飛び散り、大蛇の咆哮が空を裂く。
……その後 激しい乱闘が繰り広げられ、戦いの中で巫女は下半身を欠損。
なんとか残った意識の中、巫女は大蛇にこう願った。
『私を贄として差し出します。ですから、どうか──この村を去ってください』
それ以降、村に大蛇が干渉することは二度となかったという。
その後 巫女は村の"神子"として祀られ、以降、村の中で彼女に似た容姿の娘を"神の子"として選び、祈りと畏怖の象徴として扱うようになった。
その神子は純潔で穢れを知らず、桃色の髪に深く紅い瞳を持ち、
あらゆるモノを支配する術を統べる、小さな神社の巫女であった。